第29章 あたら夜《弐》
「俺は余計なことまで知っちまっているからね。煉獄家に嫁ぐ者とあらば、その道を歩む覚悟をした者だろ?」
不意に圷の声色が下がる。
煉獄家のことも鬼殺隊のことも知っているが故に、炎柱の隣に並ぶ女性がどういう道を歩むこととなるのかも知っていた。
「だから色々勘繰っちまったが、どうやら蛍さんはそれ以前の想いをちゃんと抱いていたようだ。安心したよ」
想い想われ、慕い合う。
家柄や背負うものが大きくなればなる程、そんな単純なことができなくなる世界だ。
故の危惧だったが、それも不要だったと圷は緩やかな笑みを零した。
じっと、その横顔を杏寿郎の双眸が興味深く見つめた。
「…まさか君にそのような心配をしてもらっていたとは」
「はは。心配なんて優しいもんじゃあないさ。俺だって鬼が蔓延る世界で生きているんだ。余所見はできないことだろ?」
「本来なら鬼のことなど知らず生きていくのが真っ当なんだ。鬼殺隊でもない限り、一市民の君が知る必要はなかった」
「でも知っちまった。お陰で俺の命は繋がっている」
圷の竦める頸の裏には、小さな傷跡がぽつんと残っている。
鬼のことを、そして煉獄杏寿郎という剣士がいることを知るきっかけとなった出来事だ。
「若旦那が俺に素っ気ないのは、大方あの日のことを思い出させないようにする為だろ?…その豪快な名に似合わないところは、献身的な優しさと言ったところかな」
「……」
「だが過去は変えられない。俺の記憶からも消えることはない。なら今あるもんを見ていかなきゃなぁ」
圷とは鬼を関して深く知り合った村人の一人だった。
鬼に襲われ殺されかけていたところを杏寿郎が助けた。
それだけでは鬼の存在を飲み込みきれなかった圷には、必要最低限の情報を与える結果となった。
以降はなるべく杏寿郎からは足を向けないようにしていたが、元々掴みどころのないのらりくらりとした男。
以前と変わらない顔で杏寿郎に声をかけ、駒澤村の住人として変わらぬ生活を送っていた。
「…だから蛍のことを?」
杏寿郎が連れて歩く蛍の存在には村人達も興味を持っていたが、何かと目をかけ声をかけ食らい付いてきたのはこの男だ。