第29章 あたら夜《弐》
「そんなことはないぞ! 父と弟もその名に相応しい人柄の持ち主だ。二人が俺の家族であることを誇りに思っている!」
「へえ。あのやさぐれた親父さんがかい」
「父にも父の事情があるだけだ。そのような言葉で片付けないで欲しい!」
「それは失礼。弟くんは良い子だと思うよ。俺も度々世話になってるしなぁ」
「ほう。千寿郎の世話に? それは一体どういう意味だ」
「どうもこうも、単に店番の暇潰しの相手に…」
「暇潰しとは?」
「って圧。若旦那、圧。顔の圧が」
「もし千寿郎に不埒なことをしていれば──」
「ん、」
ずずいと圷に顔を寄せ迫る杏寿郎の声が不意に途切れる。
微かな満足げな吐息を耳に、その目は隣へと向いた。
二人が話し込んでいる間、一人もそもそと短冊の裏に名前を書いていた蛍が達成感のような吐息を漏らす。
その目に映る名に、杏寿郎と圷はぱちりと目を瞬いた。
「煉獄──」
「──蛍」
「わっ」
まじまじと見たその名を読み上げれば、はたと顔を上げた蛍が慌てて短冊を掌で隠した。
「なんで見て…っ二人で話してたんじゃないの?」
「大した話はしていない。それより蛍、その名は」
「大したって若旦那。だが俺も驚いたなぁ。二人共もう籍を入れてたんで?」
「まだですっ…けど、…出来心…というか…」
恥ずかしげに目線を逸らしながら、蛍が言い難そうに呟く。
「私にも、その名が似合うか…気になって」
蛍の言い分をすんなりと受け入れたのは圷だった。
成程、と顎に指をかけて頷く。
反して杏寿郎は、常日頃見開いた双眸を更に開き蛍を見つめていた。
「煉獄蛍さんなぁ……可愛らしい名前が業火で焼かれそうだ」
「…む」
「そ、そんなこと。寧ろ立派な名前に辛うじてぶら下がっているというか…千くんや槇寿郎さんは似合っているのに(瑠火さんだって…)…私には、なかなか…」
「そりゃ俺だって同じようなもんさ。煉獄圷なんて。名前負けしちまう」
「そうですか?…結構似合ってる気がします。煉獄 圷さん」
「そうかい? いやぁ~俺は遠慮するねぇ」