第29章 あたら夜《弐》
すっかり日は暮れ夜空が見下ろしているが、回廊に幾つも灯された電灯により反射する硝子はきらきらと輝いて見える。
つい目を奪われるのは華奢で可憐なその硝子の風鈴だが、ひらひらと風になびく下の短冊に目が止まった。
「あれ…何か書いてある」
「うむ。あれは想いの短冊だ」
「想い?」
「駒澤村で催される風鈴祭りでは、短冊に想いを書き綴る風習がある。見てごらん」
「本当だ…」
回廊の先を見れば、短冊を貰い受けている男女が一組。
見れば短冊を風鈴に結び付けている人々も、風鈴回廊を見物している人々も、男女の組み合わせが多い。
「なんだか私達みたいな人が多いね…?」
「ここは縁結び風鈴回廊だからな」
「縁結び。神社みたい」
「先に行けば魔除けの風鈴回廊もある。いくつか並び分けて飾られているんだ」
「へぇ…っ面白いなぁ。そこも短冊に想いを書けるの?」
「魔除けの札を飾ることはある。想いを書くのはここくらいなものだろうな」
「成程…ふんふん。確かに」
よく目を凝らして見れば、短冊にはどれも男女の名前が綴ってある。
七夕に似ているが、縁結びと言うだけ恋の成就を願う神社などに近しいものなのかもしれない。
繋いでいた手を離れ、興味心身に風鈴を見て回る蛍を杏寿郎も優しく見守った。
「俺達も書いてみるか?」
「え?…短冊を?」
「ああ」
不意に持ち掛けた杏寿郎に、両手を後ろで繋いで見て回っていた蛍が振り返る。
「でもここ縁結びでしょ?」
「未来の繋がりを大切に願う意味で、夫婦なども短冊に名を記すことがあるそうだ」
「成程…」
「してみるか?」
「うん! してみたい」
軽く頸を傾げて問いかければ、草履を鳴らして小走りに駆けてくる。
揺れるシニヨンヘアに目を細めながら、杏寿郎は崩さない程度にふわりと掌で愛らしい頭をひと撫でした。
「あそこに行けば短冊を貰えるのかな」
「みたいだな。名前を書くだけだし手間も取らないだろう。この後出店を回ってから千寿郎達を迎えに行こうか」
「うん──…あ」
緩く繋ぎ合う手と手。
弾む足取りで頷いた蛍は、目的へと達する前に再び目を止めた。