第29章 あたら夜《弐》
「大丈夫だよ千くん、私が見てるから。杏寿郎、一緒に行こう」
「うむ!」
「じゃあ僕は飲み物を買ってきますね」
「父上、千寿郎を」
「フン。言われずともわかる」
皆の分を、と飲み物の調達に向かう千寿郎を、眉間に皺を寄せたままの槇寿郎が追う。
そんな二人の姿でさえいつもは見慣れないものだから、ついつい頬を緩ませながら蛍は並ぶ屋台へと向き直った。
「んふふ」
「楽しそうだな?」
「うん。とっても楽しい」
並んで歩く足取りは軽い。
堪らず綻ぶ蛍の口元に、つられるように杏寿郎も笑う。
「千くんも楽しめているみたいでよかった」
「うむ。蛍のお陰だな」
「そうかなぁ…杏寿郎が色々引っ張っていってくれるから、その勢いに乗ってる感じがするよ」
「それだけではない。俺は導くも受け止めるも慣れてはいるが、同じ歩幅で寄り添うことは余りしてこなかった。蛍はそれができる。だから千寿郎も、蛍にしかない甘えた姿を晒せるのだろうな」
剣士に選ばれた者と選ばれなかった者。
その差はどんなに足掻こうとも埋められようがなく、だから己にできる全てで千寿郎を支えていこうと思った。
立場で言えば蛍も同じだ。
人と鬼とは決して交わることはない。
しかしその枠組みとは別の形で、蛍は千寿郎の手を取り隣を同じ歩幅で歩んでみせた。
千寿郎と同じ高さの目線で物事を捉え、血鬼術すら千寿郎の優しい思い出に変えた。
それは蛍だからこそ成し得たことだ。
「そう、かなぁ」
「そうだとも」
「そっか…そうだと、嬉しいけど」
へら、と糸が解れるように砕けて笑う。
蛍の無邪気な笑みにふくりと口角の笑みを深めて、杏寿郎はそっと触れ合う手を握った。
「蛍。寄り道をして行かないか」
「ん?」
「見せたいものがあるんだ」
「見せたいもの…?」
どうせなら千寿郎も共にいる時に誘ってくれれば。そんな蛍の疑問は、促す杏寿郎の表情に掻き消された。
優しく手を引かれるままに、後をついて歩く。