第29章 あたら夜《弐》
賑やかなざわめき。
群れる人の合間を縫うように歩く少年の足取りは軽い。
頭には狐のお面。
片手には四匹の金魚が泳ぐ小さな袋。
頬張っているのは、あんこのたっぷり詰まったたい焼き。
「千くん」
祭り事を大層楽しんでいる後ろ姿にかかる声。
振り返った幼い金輪は、少し離れた所で呼びかける人影に気付いた。
「あんまり離れると見失っちゃうから」
「うむ。こっちへおいで」
手招く蛍に、その隣で優しく呼びかける杏寿郎。
自然と寄り添う二人の姿は家族以外の何ものにも見えず、千寿郎は顔を綻ばせた。
「はいっ」
その輪の繋がりに、自分も入っているのだから。
「父上、そう気を落とさず。千寿郎は楽しんでいます」
「なんの話だ。俺は気を落としてなどいない」
「そうですか? しかし射的を」
「あれは裏工作をしていたに決まっている。でなければ落ちないはずがないッ」
(すごく気にしてる…)
(うむ。やはり気を落とされていたようだ)
「何か言ったか!?」
「いいえ!」
「何も」
くわりと声を荒げる槇寿郎に、目配せをしていた杏寿郎と蛍がにっこりと笑顔を返す。
結局、杏寿郎と同じく十回もの射的に挑んだ槇寿郎だったが、どしりと構えた豚の陶器の貯金箱は弾を受けれど受けれどびくともしなかった。
まるで棚に接着剤でも塗られているのではないか、と思える程の頑丈さ。
最後は躍起になって銃を乱射していた槇寿郎を、杏寿郎や蛍もやんやと応援するものだから人だかりができていた始末だ。
「最後の呼吸による精神統一からの一打は天晴れでした。貯金箱は落とせずとも、周りの景品は全て落とされていましたし!」
「店長さん、泣いてたもんね…」
いい歳した大人が射的など。と思わせる気配もなく、静かな呼吸の動作のみで空気を張り、銃を構える凛々しい槇寿郎の横顔につい足を止めた者達もいた程だ。
それでも唯一落とせなかった貯金箱は、槇寿郎の言う通り裏工作でもされていたのか。
しかし汗と気迫を纏う槇寿郎の姿を見つめる千寿郎には、哀しみの気配など一切なかった。