第28章 あたら夜《壱》
「し…っ」
「父上! その御姿はもしや…っ父上も神幸祭に参加を!?」
まさか本当に来てくれるとは思っていなかった。
だからこそ一歩感情が遅れたが、昂るままに口を開いた。
蛍のそれを遮り、より一層溢れる思いで踏み出したのは杏寿郎だ。
「父上と共に赴けるとは何年ぶりでしょう!」
「ほ、本当に父上も来てくださるのですか…?」
「そうだろうとも!」
槇寿郎の圧に委縮してしまうことも多い千寿郎が、珍しくも食い気味に兄の背から覗いている。
厳しい父の姿しか知らないからこそ興味も惹かれるのか。
あっさりと戸を跨いだ二人は父の下へと歩み寄った。
玄関に残されたのは、半端に手を上げかけた蛍だけだ。
「喧しい家の前で騒ぐなッ俺はあの鬼を見張る為に行くだけだッ」
「む?」
「え?」
てっきり取り残されていたと思っていたが、鬱陶しそうに槇寿郎が指差したものだから兄弟の顔が振り返る。
やはり自分の言葉を聞いてくれたが為に、槇寿郎は今此処にいるのだ。
そう実感したからこそ、蛍は半端な手をぐっと握り締めて先へと踏み出した。
「槇寿郎さんっ」
「お前まで煩いようなら──」
「私、ここ最近お水も飲んでいません」
「…は?」
「水か?」
「姉上、喉が渇いたんですか?」
槇寿郎の前で足を止め、嬉々として告げる。
蛍のその言葉に兄弟の頸が傾く。
「なので今日はよろしくお願いします」
深々と頭を下げる蛍に、杏寿郎と千寿郎の頸は横に傾くばかり。
ただ一人、槇寿郎だけがその意味を悟りぐっと眉間の皺を増やした。
「祭り事故(ごとゆえ)に刀は所持しない。だがお前如き素手でも対処できることを忘れるな」
厳しい物言いだが、頭を下げた視界に映る槇寿郎の足は遠のいていかない。
背を向けずにこちらを向いてくれている姿に口元が緩みそうになってしまう。
それではまた感情を余計に煽ってしまうかもしれない。
ぐっと口元を引き締めて、蛍はしかと頷いた。
「はい」
大事なのはこの先なのだから。