第28章 あたら夜《壱》
二人の様子を見守っていた杏寿郎が一、二度と目を瞬く。
一体どんな理由をつけて、槇寿郎を野外へ誘い出したのか。
槇寿郎の言動を見ていれば凡そ予想はついたが、果たしてそれだけであの重い腰を上げてくれるだろうか。
何度頼み込んでも、娯楽になど見向きもしなかったあの父が。
鬼を見張るという理由だけで、果たして。
「七時も過ぎたし。行こっか、」
そ、と掌に温もりが宿る。
見れば柔く手を握り返した蛍が、今度こそ後ろ髪引かれることなく笑っていた。
やはり蛍が待っていたのは槇寿郎だ。
二人の間でどんなやり取りがあったのか気になりはしたが、それ以上の光景に杏寿郎もまたどうしようもなく口角を深めた。
あの父が並んで立っているのだ。
共に神幸祭へと足を運んでくれている。
瑠火を亡くしてから一度も揃わなかった家族三人の足並みに、胸が熱くならない訳がない。
「そうだな! 千寿郎と父上も──」
「杏寿郎」
勢いのままに高く上がる声を遮るように。握った手を軽く引いて、蛍が己の唇に人差し指を添えた。
「しー」
「む」
「嬉しいのはわかるけど、折角家族水入らずなんだし。槇寿郎さんを困らせないようにしよう」
「…そうだな」
柔い蛍の忠告に、途端に杏寿郎の声が萎む。
あれ程何度言っても聞かなかった爆音のような息子の声が、鶴の一声のように蛍に従っている。
その様に槇寿郎は声もなく驚いた。
「父上。千寿郎。では行きましょう」
張りのある声色は健在ながら、そこには柔らかな感情が乗せられている。
「千くん、一緒に行こ」
「はいっ」
手招きする蛍の隣へと駆け寄る千寿郎の方はと言えば、いつもは見ない年相応にはしゃぐ姿に、また目を見張った。
知っていはいたが、目の当たりにするとそのどれもに驚く。
彩千代蛍という女性を取り巻き、見せる息子達の知らない姿に。
「槇寿郎さんも」
二人の息子の間で笑う蛍が、やんわりと誘う。
その姿は髪形から着物まで瑠火とは似ても似つかないものだ。
なのに不思議と目が離せなくなった。
あの日、墓参りに向かう彼女を目で追った時のように。