第28章 あたら夜《壱》
潤んだ唇を少しだけ噛み締めて。告げる蛍に、杏寿郎の頬もまたじわりと熱を帯びる。
普段袖を通すものは特に何も考えず選んでいるが、闇夜に灯る篝火のような紋様に目が止まり気付けば手にしていた着物だ。
それでも多忙な柱の身。帰省した際に偶に袖を通す程度だったが、だからこそ生地の仕立ても良い状態のまま保管されていたもの。
今夜の為に選んでよかったと素直に思えた。
「そう、か」
「うむ」と小さな声で相槌返しながら、しかしどうしようもなく口元は緩んでしまう。
襟巻を託し上げて隠しながら、杏寿郎は蛍へと歩み寄った。
「ならば俺も同じだ。蛍のこの姿に目を奪われる程、誰にも見えない所にしまい込みたいと思ってしまう」
「だが、」と加えて緩み切ってしまう頬をそのままに声を上げる。
「それ以上に村の人々に自慢したいとも思ってしまうな! 俺の伴侶となる女性(ひと)は、こんなにも美しいのだと」
「っそれは言い過ぎじゃ…」
「そんなことはない。だろう? 千寿郎」
「はい。俺だって自慢したいです。世界で一番綺麗な女性(ひと)だって」
真顔で頷く千寿郎に、更に蛍の顔が赤く染まる。
「だから独り占めしたら駄目ですよ、兄上」
「せ、千くん」
「ははっそうだな。蛍と、千寿郎と二人で楽しまなければ。その為の神幸祭だ!」
蛍の片腕を抱き寄せて主張する千寿郎に、杏寿郎の顔がより一層笑みを深める。
「だから俺のことも自慢してくれ。君の夫となる者だと」
さぁ、と誘うように片手を差し出す。
「…うん」
その手と綻ぶ笑顔に導かれるように。左手を杏寿郎の手に重ね、右腕を千寿郎の腕に絡め。
蛍は玄関の外へと踏み出した──
「って待って」
「むぅっ!」
「わぁっ!」
否。その手前で急ブレーキをかけた為に、がくんと杏寿郎と千寿郎の足が躓く。
大の男の少年の体を引き止めるくらい、鬼ならばなんてことはない。
傾く千寿郎の体を支えて足を止めた蛍に、振り返った杏寿郎が何故と疑問の視線を投げかける。