第28章 あたら夜《壱》
着物は寒さから守る為か、袖の隙間からもう一枚更に鮮やかな臙脂色の生地が見え隠れしている。
頸には深い赤銅色の襟巻をゆたりと巻いており、いつもはハーフアップの髪が頸の後ろの低い位置で一つにまとめられていた。
頸と肩を緩く巻く襟巻の上でふわりと乗るサイドの流し髪はいつもの印象だが、頸の後ろは一つに縛っている為に首筋までも綺麗に見える。
愛らしい千寿郎の尾っぽのようなまとめ髪と違い、背に寝そべる焔色の一つ髪は色香を纏う。
髪形一つでここまで変わるのかも思える程、いつもより大人びた印象に見えた。
何より類を見ない着物柄と、それを見事に着こなしている姿に一度視界に捉えれば目が離せなくなる。
(赤銅色は胡蝶の色だと思ってたけど…)
身に纏っていたのは、静かな怒りを携えた蟲柱のしのぶだ。
なのに杏寿郎の頸回りを温める襟巻からは、そこに結びつかない。
着飾る者によって、同じ色味でもこうも見え方が変わるとは。
意外さと、面白さと、そして普段は垣間見られない杏寿郎の姿に無言で見つめていた。
「そんなに見られると穴が空いてしまいそうだな」
「っご、ごめん」
「いや。俺のこの姿はどうだ? 蛍。…千寿郎のように似合っているか?」
苦笑混じりに蛍の視線を受け止めていた杏寿郎が、ほんの少し口角を下げて笑う。
体全体で千寿郎の姿を褒め称えていた蛍を見ていたのだ。
自分もそんなふうに見てもらえるだろうかと、逸る心を押しとどめて尋ねた。
「うん。すっごく似合ってる。なんて言うか……似合ってる」
「む」
「えと…うん」
千寿郎の時はすらすらと褒め称える言葉が流れ出たというのに、杏寿郎を前にすると簡単には流れ出ない。
指先でショールの裾を握り直しながら、蛍はほんのりと頬を染めた。
「すごく、素敵だと思う」
千寿郎がいる手前、恥ずかしさはあったがそれ以上に胸を打ったのも確かで。
「格好良い、よ」
最後は消え入りそうな声で。
それでもぽとぽとと零れ落ちるように告げた蛍の想いは、杏寿郎に届いた。
「あんまり他の女性(ひと)には…見せたくない、かも」