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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第28章 あたら夜《壱》



「だが今は、今この時しか見られない蛍を堪能していたい。さぁ、顔を上げて俺に見せてくれ」

「…ん、」


 二人して年老いていく姿など、鬼でなくともまだまだ現実味はない未来だ。
 改めて誘うように明るく呼びかける杏寿郎に、蛍の顔が上がる。

 眉を上げ、口角を深め、応えるように笑う蛍。
 杏寿郎もまた笑顔で頷くと、「そうだ」と部屋の隅の箪笥を開けた。


「祭りと言っても肌寒い季節だ。これは母上のものだが羽織っていくといい」

「襟巻?」

「似ているが襟巻より幅が広い為に多様化できるだろう。ほら」


 肌触りのいい生地で編まれたそれは、マフラーというよりもショールに近い。
 ふわりと蛍の体を背中から包むようにかけると、撫子色のそれは白藤色の着物によく馴染んだ。


「瑠火さん、この色味好きだったんだね。着物にもあった」

「蛍にもよく似合っている」

「そう?…ありがとう」


 撫子色で思い出すのは恋柱の蜜璃のことだ。
 明るく可憐な彼女によく似合う色だと思っていたからこそ、率直に褒められると照れてしまう。
 その熱を解放するように、一歩蛍が先に踏み出した。


「それじゃあ行こっか。千くんをこれ以上待たせたくないし」


 弾む声で廊下へと出ていく蛍に、杏寿郎は笑顔を向けるも足は動かない。
 そのまま開いた箪笥の前で懐から何かを取り出した。

 掌に乗るだけの小さな箱。
 それを箪笥の奥に残していこうとして手が迷う。


「杏寿郎?」

「っうむ! すぐ行く!」


 渋っていた手は、廊下から呼ぶ蛍の声に即座に懐へと舞い戻った。
 隠すように懐の奥へと押し込む杏寿郎に、廊下から覗く蛍が頸を傾げる。


「まだ用意するものあった?」

「いや、何もない。行こうか」


 にっこりと笑顔を浮かべると、杏寿郎は迷う素振りなく大股で廊下へと踏み出した。
 何も仕舞われていない箪笥を、閉めることも忘れずに。











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