第28章 あたら夜《壱》
愛や恋を語るものではない。希望や未来を謳うものでもない。
ただ一つ、曇りなき思いで芯を通す言葉だった。
「蛍を飾る花言葉というよりも、俺から君へ。といったところか」
片手を握り締めていた杏寿郎が空いた手も伸ばし、蛍の両手を繋ぐようにして握り締めた。
「この先何年、何十年かかろうとも、君を必ず人間に戻してみせる。俺は人だが心は蛍と同じだ。この想いがこの先変わることはない。いつまででも君を信じて待つ」
そこに理由などありはしない。
ただひたむきに、ひたすらに、信じて想いを重ねるだけだと。
「だから最後には、俺と共に歳を重ねて生きて欲しい」
年数的なものではない。
この手に皺を作り、白髪を増やし、人として老いることの尊さを、重ねた時間を噛み締めながら生きていきたいのだ。
「…ぅん」
握られていた白い手が、きゅっと力を込めて応えてくる。
「うん」
頷く度に、その手に力を増して。
「私、も。杏寿郎と一緒に、おじいちゃんとおばあちゃんになりたい」
涙の混じるような声は、切に願うものだった。
衰えの知らない肌。艶を失わない髪。
記憶をいつまでも鮮明に保ち続け、生命力溢れる体は朽ちることなどない。
与助のように、それを羨む者は多いだろう。
しかし蛍は違う。
鬼となって手に入れたものを都合がいいものだと解釈はしても、心から望んではいない。
彼女が望むものは、己と同じところにある。
何度も頷く蛍を見つめながら、杏寿郎は改めて重ね合う想いを感じて頬を緩めた。
「大切に着るね…ありがとう」
「寧ろ気軽に着てくれていいんだぞ」
「やだ。大切にする。杏寿郎に貰った花だもん」
「はは、そうか」
子供のように頸を横に振って嫌がる蛍に、堪らず破顔する。
この贈り物をすれば蛍はどんな顔を見せてくれるのか。
様々な予想は立てていたが、いつも彼女はあっさりとその予想を超えてくるのだ。
「気に入ってくれたようでよかった」