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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第28章 あたら夜《壱》



 これで事足りると思っている蛍は、着物の一つだって持っていない。
 大事に大事に、手入れを怠らずに贈った袴を肌に馴染む程に身に付けているのだ。

 それもまた嬉しいことではある。


「ならばこれは俺から君に。普段使いもできる蛍だけの着物だ」


 その特別を、もう一着増やしたいと願った結果だ。


「……ぇ?」


 一瞬、杏寿郎の言葉の理解が遅れたのか。目を丸くした蛍が、改めて自身の姿を見下ろす。


「これ、瑠火さんの…」

「母上のものではない。俺が生地から選んだ」

「杏寿郎、が…?」

「普段使いできるように、袴と同じ繊維で編み込んである。日中でも使えるはずだ」

「…いつ、そんなもの…」


 驚きと、戸惑いと、そこから滲み出るような微かな喜び。
 伝わる感情をつぶさに拾い上げながら、杏寿郎は柔く微笑んだ。


「随分と前から感じていたことだぞ。君は欲しがることをしないが、俺はなんだって与えたいと」


 髪飾りだってそうだった。
 蛍は欲しがろうとしなかったが、今のその晴れ姿にも華やかな髪飾りを見立ててあげたいと思ってしまう。
 自分には縁のない女性ものの品を見かける度に、思い出すのは蛍のこと。
 喜ぶ顔が見たいから、つい手に取ってしまうのだ。


「しかし決め手は我が家へ帰ってからだったな」

「なんで?」

「母上の墓参りの日、千寿郎に花束を貰っただろう? それを余りに君が嬉しそうに受け取ったものだから…つい、俺もと」

「あ…だから、」

「うむ。その"花"を選んだ」


 見下ろす視界いっぱいに咲く、色とりどりの花々。
 どれも優しい色合いをしているその花は、杏寿郎が蛍の為にと選んだもの。

 改めてそう実感すると、強く興味を惹かれた。
 この愛らしい形をした優しい花々は、どんな花なのか。

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