第28章 あたら夜《壱》
「瑠火さんの着物は沢山借りたけど、この生地が一番綺麗。本当に物持ちがいいんだね…この花は知らないけれど」
「花一華」
「はな…いちげ?」
「うむ。または牡丹一華ともいう。外来語ではアネモネというそうだ」
「あねもね…千くんが教えてくれたの?」
千寿郎は植物に詳しい。
その見立てで今日の為に選んでくれた着物だと思った。
「いいや。それは俺が選んだ」
「そうなの?」
「母の着物だと君はより一層大切に着るだろう?」
「え…うん。だって瑠火さんが大切にしていたものだから」
「亡き母の思い出を大切に汲んでくれることは嬉しい。だが気遣わせたい訳ではないんだ」
しげしげと着物を見つめる蛍の、袖を握る手を握る。
「君に譲ってもいいと何度も言ったが、受け取らなかったな」
「瑠火さんの着物でしょ? そんな大切なものを貰うなんて。それに私はまだ、槇寿郎さんに認められた訳じゃないし…」
「だから選んだんだ」
選んだとは。
意味がわからず頸を傾げる蛍の手をやんわりと引き寄せ、さらりと流れる袖を見る。
「炎柱の継子に就任した時に贈った袴以外は、自分の衣類を一つも持ち得ていないだろう?」
「ああ、うん。だってあれ気に入ってるから」
笑顔で告げる蛍の言葉には、嬉しくもなる。
それだけ贈ったものを一層大切にされたなら、嬉しくないはずがない。
それでも他は借りれば事足りると、袴以外の姿でいる時は藤の家だったり煉獄家であったり、その場その場で衣服を借りては過ごしていた。
流行のファッションやハイカラなスイーツなど、蛍にもなんら普通の女性と変わらず夢中になったり楽しめる心がある。
物欲がない訳ではないだろう。
ただ自分からは持ち物を増やさないようにも見えた。
「自分は鬼だから」という言葉を口癖にしている蛍らしく、人のように立ち振る舞いながら自分の立場は理解しているかのように。