第28章 あたら夜《壱》
「君の術の活用法には…いつも驚かされる。奇天烈だな」
「それ褒めてる?」
「無論。この爪先も術を施したのか?」
最初に手を握った時には既に気付いていた。
爪の上に塗られたネイルは上品なベージュピンク。
普段の爪にほんの少し光沢と色味が乗せられただけで、いつも以上に華奢で愛らしい指に変わる。
掬い上げるようにして掌を握り問えば、蛍は先程の嬉しそうな顔を半減させた。
「それは…うん、術じゃなくて…自分でやりました」
「自分で?」
意外な答えにもう一度爪を見やる。
よくよく見ればほんの少し先が欠けたり、薄らと斑になっているような跡も見えた。
「初めて、やったから…あんまり上手くできなくて。そんなに見ないで」
元々ネイルは化粧と同じに、家でできる手頃なお洒落として普及していた。
上流階級の嗜みとして男性がネイルを施すこともあった程だ。
しかし蛍にはとんと縁のないものだった。
柚霧として月房屋で働いていた頃は、自分を華やかに惹き立てる方法は幾つも学んだがそこにネイルの知識はない。
異性と肌を交える仕事の為に、不衛生でいてはならない。
特に指先はあらゆる奉仕で活用するものだ。
精々爪を飾るといったら足のペディキュアの方だろう。
しかし柚霧にとっては不要な時間だと、足を飾る暇があるなら一人でも多くの客を取った。
故に今回、初めて挑戦してみたのだ。
八重美が手伝えば綺麗な爪は簡単に出来上がったが、自分で作り上げてみたい。
その好奇心と意気込みを優先した結果だった。
「爪は髪と違って全く別の物質で彩るものだから、想像でも上手く擬態できなくて…だから普通にやってみたんだけど、何度か挑戦して。これでもまだいい方なんだよ」
「挑戦したのか」
「うん。塗ったら乾くまで下手に動けないし、ちょっとでもずれたらまたいちからやり直しだし。大分、苦戦しました」
「……」
「だからあんまり見…き、杏寿郎?」
引け腰気味に腕も退く。
なのに全く動かせない。
しっかりと手を握った杏寿郎が、じっと蛍の手を見つめていたからだ。
(すっごく見てくる!)
例え完璧なネイルを施していても、恥ずかしさを覚える程に。