第28章 あたら夜《壱》
「……む?」
ぱしりと目を閉じ、開く。
「もう一度お願いしていいか?」
「こうして。こう」
人差し指を立てて頼めば、再度蛍の指先が髪束を摘まむ。
ぎゅっと握り、つるりと流れ、ぴんっと引っ張り、そして離す。
すると不思議なことに、くるりと髪がパーマを巻くのだ。
「……」
「あ。杏寿郎のはならないよ」
「むっ!?」
思わず己の髪を同じように握って引っ張ってみるも、くるりと輪をかけ巻いたりしない。
そもそも元から癖毛の強い杏寿郎の髪だが、それはそのまま。指で伸ばしただけで変化などつくはずもない。
「蛍、試しに俺の髪を握ってみては…」
「私がしてもならないよ。杏寿郎の髪だもん」
「君の髪限定だと?」
「うん。だってこれ、擬態かけてるようなものだから」
ふわふわの巻いた髪をちょんと摘まんで、さらりと告げる。
蛍のその告白に更に金輪の双眸が開いた。
「その髪型を想像して、指で擦る時に擬態をかけてるだけ。だから気を抜くと戻っちゃう」
「擬態とは…身体の年齢層を変えるだけではないのか?」
「んん…どうだろ。よくわかんないけど、試しにやったらできたから」
「…よもや」
鬼の擬態が、人が化けるのとは訳が違うことは十分知っている。
しかし蛍のように幼い子供の姿に変化できる鬼は少ない。
それだけでも目を見張るべきことなのに、部分的な擬態まで可能とするとは。
(気が抜くと戻ると言っていたが、そもそもがこの普段と変わらぬ心中で常に擬態をかけているということか?)
改めてまじまじと蛍を見つめる。
じっと視線を向けていれば、照れ隠すように髪先を引っ張りながら蛍が顔を逸らす。
そんないじらしい姿を見せながら、体の内側では鬼の能力を持続し続けている。
擬態にどれ程、鬼の集中力が要するかもわからない。
それでもまるで息をするように雅な変化を見せる蛍には、言葉もなくただ感心した。