第28章 あたら夜《壱》
所謂ふんわり下めのシニヨンヘア。
花のようにふわりとまとめられた髪の下で、ちり、と揺れるお馴染みの簪でさえいつもとは違って見える。
しかしそんなことを杏寿郎が知る由もなく。
意味もなく強めに組んでいた腕を解くと、己の口を覆うように片手で握った。
「~っ…」
「き…杏寿郎…?」
「………まいった」
「え? ま…?」
「君が、」
片手で覆われた口から届く声は、いつも以上にか細い。
とにかく声を拾おうと一歩踏み出した蛍の目に、視線を逸らすように流す杏寿郎が見えた。
「あまりに綺麗で」
普段よく通る声が、ぽそりと微かな感情を零す。
太い眉を顰め、口を覆い隠し、力を入れた双眸はこちらを見ない。
だがその手の合間から見える肌は、じんわりと赤みを帯びている。
微かに聞き取れた声と、視界から伝わるものとで蛍もまた感化されるように頬を染めた。
「ぁ…ありが、とう…ございます」
俯けば、はらりと柔らかな髪束が揺れる。
見慣れない蛍のその姿に、結局は惹かれるように目を向けてしまう。
ごほん、と咳払いを一つして杏寿郎は顔を引き締めた。
「その化粧も、よく似合っている。…初めて見るようだ」
「うん。初めてしたの。八重美さんに教えてもらって」
「いつもの化粧と違うのか?」
「ん」
こくんと頷く蛍の顔に、ほんのりと控えめに咲く花化粧。
柚霧のような目に映える薔薇色や艶紅はない。
素朴ながらも愛らしさを惹き立てた顔立ちは、いつものと蛍とは違って見えた。
「八重美さんにね、素敵なおうちのお嬢さんみたいって言ってもらえたの」
それはなんともあやふやな称賛だったが、口にする蛍はこれ程にない嬉しそうな顔で笑っている。
それだけであんなにも逸らしていた目は簡単に釘付けになってしまうのだ。
ようやく想いのままに伸びた手は、爪先まで淡く優しい色に縁取られている手を握った。
「笑顔が似合うお嬢さん」
「ん?…ふふ」
手を握り、口元に寄せ、誘うように囁く。
緩やかな弧を描き微笑む唇を見つめて、杏寿郎は懐からある物を取り出した。
「その笑顔に、もうひとつ色を添えても?」