第28章 あたら夜《壱》
そんな蛍の姿に下がり眉のまま、千寿郎の口元が綻ぶ。
譲るように一歩退く弟を視線で流して、杏寿郎が部屋へと進んだ。
「入っていいか?」
「…うん」
一声かけて部屋へと踏み入る。
蛍の為に当てがった部屋は、煉獄家の奥にある。
故に夕日から闇夜へと変わりゆく頃だが、外の気配はしない。
行灯の置かれたほんのりと明るい部屋で、蛍は一呼吸置いて振り返った。
「どう、かな…昼間の挽回、できてる?」
手持ち無沙汰に着物の袖を指先で握る。
恐る恐る尋ねる蛍の顔周りの髪が、優美な曲線を描いてはらりと揺れた。
「う…む」
どんな姿に着飾ってくれているだろう。
そんな期待は杏寿郎にもあった。
柚霧のような艶やかな色を帯びた姿だって誰よりも近くで見てきたのだ。
なのに数歩ある距離を埋められずに立ち尽くしてしまった。
着物に合わせてまとめ上げられた髪は、サイドから首筋にかけて緩く編み込んで後ろで団子にしている。
一言で言うなれば簡単なまとめ髪だ。
それでも目が釘付けになったのは、団子というよりもふんわりと花が咲くように髪束を散らしまとめられていたこと。
柔らかな後れ毛や綿あめのようにふわふわと軽く飾られている髪はどれもが曲線を描いている。
顔周りで揺れる髪もまた、いつもの蛍とは違いパーマをかけたような愛らしい癖毛になっていた。
言うなれば胡蝶しのぶの癖毛を更に巻いたような髪型だ。
蛍の本来の髪質なら、そこまでの癖はなかったはず。
美容室に行った情報もないはず。
そんな疑問が一瞬脳裏を過ったが、すぐにどうでもよくなった。
それよりも目の前の、知っていながら知らない姿の蛍をただただ捉えていたくて。
「…変? これ」
いつまでも沈黙したままの杏寿郎に、蛍の声が不安を覚える。
は、と一度瞼を閉じ上げると、杏寿郎は口を開いた。
「ぃ、や!!」
いいや、と蛍の疑問を否定したかっただけだ。
なのに思った以上に声量は天井を突き上げてしまった。