第28章 あたら夜《壱》
金の輪がまあるく開く。
瞬きすらせず蛍を見ていた千寿郎が、とたんにぶわりと赤面した。
「え? 千くんっ?」
「ぁ…姉、上…急にそれは…っ」
「え。何が?」
「いつも、可愛いばっかり言ってくるのに…っ」
そんな柔い微笑みで、恰好良いなどと。
予想にもしていなかった誉め言葉に、千寿郎は激しく動揺した。
「だって本当のことだもん。千くん、いつも以上に大人びていて格好良い」
「も、もう大丈夫ですっそんなに言わなくて…っ」
「ええ? いつもはそっちの方が嬉しいって言うじゃない」
「それは…っそれ! これはこれ、ですッ」
「何その理由」
顔の前でバッテンを作り、赤い顔を隠す。
そんな千寿郎の照れ具合にはまじまじと腰を落として見てしまう。
「ぁ…姉上、近」
「可愛いなぁもう」
「っ!」
「え何その反応」
くすくすと堪らず笑い零しながら告げれば、今度はショックを受けた様子で千寿郎の顔が引き攣った。
「そんなに可愛い駄目?」
「ぇ…い、いや…そんな、こと」
とは言いながらも、しょんもりと感情を表すように落ちる眉尻。頭の髪尾。そして前髪。
なんともわかり易い千寿郎の反応に、堪らず蛍は両手を伸ばした。
「ぁ、姉上?」
「本当、千くんは可愛くて恰好良いよね」
胸に寄せては抱きしめて、ふわふわの髪に顔を寄せる。
「世界でいちばん自慢の義弟だよ」
「姉上っまた化粧が崩れてしまいます…っ」
「大丈夫。千くんを汚したりしないから」
「そういう意味では…っ」
あたふたと両手を忙しなく動かしながらも、引き離そうとはしない。
そんな少年の姿がなんともいじらしく、愛らしくて堪らなくなるのだ。
「それにこの羽織を汚してしまったら、流石に洗濯するの怖いなぁ」
緊張感のない声で笑いながら、肌触りの良い羽織を撫でる。
昼間。杏寿郎の寝間着で擦れて化粧が崩れてしまったのだと尤もそうな理由を付けて、蛍は千寿郎と八重美に言い訳をした。
杏寿郎も口裏を合わせてくれたお陰ですんなりと飲み込んでもらえたが、嘘をついてしまったのは少しだけ気が退ける。