第28章 あたら夜《壱》
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きゅ、と帯紐を強めに締める。
胸に手を当てながら見下ろす蛍は、深く呼吸を繋いだ。
八重美に教わった化粧は、改めて自分のものとして形にできた。
千寿郎から借りた着物も、皺を残さず綺麗に着こなせている。
今日この日はと少し気合いを入れてまとめた髪の隅で、揺れるお気に入りの簪も健在だ。
時刻は午後六時半。
準備は整ったと、姿身を前にしてうんと頷く。
「姉上、そろそろ…」
「千くん」
気遣うように、ひょこりと小さなまとめ髪の尾が襖の向こうで揺れている。
入ってもいいよと襖を開ければ、幼い双眸が蛍を見て目を丸くした。
「わあ…」
「どう、かな。上手く着付けられている?」
「はい! すっごく綺麗ですっ」
「ほんと?」
満面の笑みで応える千寿郎に、蛍にもようやく笑顔が宿る。
今夜は神幸祭最終日。
それが過ぎればまた鬼殺任務の日々だ。
めいいっぱい楽しむ為にも、恥ずかしくない恰好で杏寿郎や千寿郎の隣にいたい。
「千くんもお洒落だね、この羽織」
いつもは無地が多い千寿郎が、袴の上に紺色の羽織を身に纏っている。
円模様のようなそれは蛍もよく知っているもので、そっと肩に触れながら目を細め微笑んだ。
「七宝つなぎ」
「姉上も知っていたんですね」
「うん。姉さんが好きな柄だったから」
「…姉上の…姉…上?」
「うん」
七宝柄。
上下左右に連続させている輪の模様。四方どちらへも永遠に続くそれは、縁起のいいものとされている。
模様自体は愛らしいものだが、引き締まった紺色が大人びて見えた。
「とっても綺麗」
にっこりと笑って告げれば、ぱちぱちと目を瞬いていた千寿郎の頬がほんのり染まった。
「へ、変では、ないですか? 姉上の姉上なら、似合っていても…僕は、男ですし…」
「そんなことないよ。凄く生地も綺麗だし、こんなに素敵な羽織を持っていたんだね」
「前に兄上に買って貰ったものなのですが…上質過ぎて、中々普段着できなくて…」
「そっか。杏寿郎は千くんに似合うものをよく知っているね」
触れれば上質な布地だということはわかる。
立派な獅子の頭を持つ少年は、その羽織に負けず劣らず着こなしている。
「恰好良いよ」