第28章 あたら夜《壱》
簪を買ったのも、宝石を貸したのも、紐の花輪を結び付けたのも、全ては彼らから進んでしてくれたことだ。
ただ一つ、杏寿郎の私物をその簪に求めたのは蛍自身だった。
「それを全部繋いでくれたのは杏寿郎なんだよ。…私がそうあったらいいなって、勝手に望んだだけなんだけど」
苦笑混じりに、照れ臭そうに笑う。
「だからこの髪紐は貰ってしまってもいい?…今更だけど」
「……」
「…杏寿郎?」
元旦のあの日。
初めて共に手を繋ぎ、粉雪が舞う夜道を歩いた。
その隣には当然のように義勇がいて、彼に向ける蛍の表情は一層に柔くあたたかいものだった。
その笑顔が脳裏にこびり付いて、同時にその日から蛍の頭を飾る簪も視界に残った。
義勇だから許されたのだ。
彼だから彼女はああして笑うのだ。
観察眼ならそれなりに持っているし、他人の心の機微もそれなりに悟ることができる。
だからこそ知ってしまったその事実に胸の裏側が軋んだような気がしたが、知らないふりをした。
人にはそれぞれ、人生において役目がある。
義勇は蛍の心に寄り添うことができた人間。
ただそれだけなのだと。
「もしかして…返して欲しい、とか? じ、じゃあお金出すよ。杏寿郎の言い値で買うからっ」
義勇と絶望の中で心を近付け、天元と痛みを共有して絆を結び、実弥と過去を歩んで向き合った。
ひとり孤独な立場であっても、それを悲観するのではなく道を模索しようとする。
そんな蛍だからこそ、柱の彼らも認めたのだ。
そんな蛍だからこそ、彼らも心を向けたのだ。
だからこそ、手を差し伸べた。
「それか代理になる髪紐を探すから。ちゃんとしたもの。…だから、もう、貰っていい…よね?」
そんな彼女が唯一手を伸ばし、求めたものは。
「もうここまで素敵な形になったんだから、か…解体しないからねっ? これだけはごめん、譲れない」
自分だった。
「私の──」
沈黙のままの杏寿郎に、不安が募る蛍の声が大きさを増す。
杏寿郎の手が伸びれば、遠ざけるように胸に抱いていた簪を引き離した。
「ああ」
求めたのはそこではない。
杏寿郎の手が、蛍の頬に触れる。