第28章 あたら夜《壱》
「…つってもただの髪紐だァ。市販の髪飾りよか見劣りすんぞ」
先程より、視線を逸らすのには力が必要だった。
どうにか余所を向きながらぼそりと告げれば、鈴を転がすような声が優しく否定する。
「そんなことないよ。私には、どんなに高価な髪飾りより価値があるから」
そんな声も今まで聴いたことがない。
果たしてどんな顔で音を紡いでいるのか。気になった実弥の視線が、引き寄せられるように蛍へと向く。
真正面から見ることは躊躇して、盗み見るように視線の端で垣間見た。
「世界でいちばん、綺麗」
初めて手にした宝物でも見つめるように。
そこには鬼ではない、ただの女の柔い微笑みがあった。
「──不死川が?」
「うん。昔、こういうこと少ししてたんだって。多くは話してくれなかったけど、多分家族にしていたんじゃないかな」
あの後、実弥は「そうかよ」と素っ気なく相槌を打っただけだった。
ただよく感じていた鋭い視線の圧ようなものは一切なく、蛍は心ゆくまで新しい簪の姿を愛でていたのだ。
実弥は近付くことも離れることもなく、嬉しそうに笑う蛍の隣に居続けた。
実弥が語ってくれた過去の話は僅かなものだったが、蛍は玄弥から兄妹が多い家族だったと聞いている。
長男の実弥が妹達の身の周りの世話もしていたのなら、自然と納得もした。
「そうか、不死川が……そんなにも手先が器用だったとは知らなかったな」
蛍の胸に添えられた簪を見上げる杏寿郎の表情は穏やかなものだった。
穏やかながらに、ほんの少し伏せがちな目元が影を作る。
そこに目を止めて、ううんと蛍は頸を横に振った。
「これを作ってくれたのは不死川だけど、繋げたのは杏寿郎なんだよ」
「…俺が、繋げた?」
「うん。義勇さんがきっかけをくれて、天元が花を添えて、杏寿郎がその全部を繋げてくれたの。不死川は、結び目を作ってくれたひと」
「……」
「だからこれは世界でたった一つの、特別な簪なの。義勇さんが、天元が、不死川が、あの時あの場所で手を差し伸べてくれたからできたもの。他の誰にも作れない」