第28章 あたら夜《壱》
たった一つの簪。
それによって自分の立場が変わった訳ではない。
それでも毎朝それを身に付ける度に、自然と顔は綻び気も引き締まった。
一年の始まりを告げる元旦のあの日。
たった一日だけでも、柱達に人と同じように扱われていたのだという証のように。
「だから私にとって他に変えられないものなの。間違って力入れてへし折るなんてこと…」
「ほらよォ」
「わッ」
再びその声色が不安に変わる前に、強く結び目を作った紐が抜けないことを確認して、実弥は振り向き様に簪を放った。
慌てて受け止めた蛍が、傷はないかと即座に確認する。
「…これ」
確認の前に目が止まる。
掌の中でころりと転がる宝石が、髪紐に器用に括られていた。
尚且つ玉簪を中心に幾つも花輪のようなものを作った髪紐は、一凛の花のような形に作り変えられている。
「不死川が…?」
「俺以外誰がいるってんだ、じろじろ見んな」
簪と実弥の顔を交互に見やる。
その表情にはありありと「信じられない」という文字が浮かんでいた。
「いや、うん…まさか、こんなことができるなんて」
顔に似合わず可愛らしいものを作り上げるものだと思ったが、そんなことを口にしてしまえば鼻が折れる程の指弾きを喰らうかもしれない。
言葉を選びながら、蛍はまじまじと簪を見つめた。
「これどうなって…わあ…すごい」
下から覗いたり、右から左へ端々まで観察したり、紐の花輪を撫でてみたり。
あまりに蛍が新たな形の簪を興味津々に見つめるものだから、実弥自身にも気まずさが生まれる。
「いいだろォ、もう」
「不死川」
「あ?」
「すっごく可愛い! ありがとうっ」
弾けるように上がる顔が、ようやく実弥へと向いた。
まるで花が咲くが如く。そんなにも嬉しそうに笑う蛍の表情(かお)は見たことがない。
否、見たことはあったかもしれない。
ただ一度も向けられたことはないものだ。
そんな笑顔を向ける先は、派手な髪の同胞の炎柱と決まっていた。
本来ならすぐ悪態でもなんでもつけるはずの口が、上手く機能しなかった。
真っ直ぐに向けられる感情に、目が釘付けになる。