第28章 あたら夜《壱》
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「杏寿郎も気にしていないみたいだし、折角だから頂いてしまおうかなって…泥棒かな?」
「そんな薄汚れた紐一つ、泥棒にもなんねェだろォ」
「失敬な。洗えばちゃんと綺麗になります。ほらっ」
ぎゅっと水気を絞った髪紐を実弥の目の前に翳す。
確かに顔を近付けても血の臭いはしない。
しかし、くたくたの使い回された紐であることには変わりない。
「お前、いつも髪止めはそれ使ってんじゃねェか」
そう長くもない、せいぜい髪をまとめるものにしか使えない紐だ。
義勇と天元の手で作り上げられた簪はどうするのかと実弥が問えば、蛍は困ったように眉尻を下げた。
「それが、折角だしこの簪に使おうかと思って。天元から借りてる宝石が、簡単に外れてしまわないように結んで。…ただ」
「ただァ?」
「ぐるぐる巻きにしたら折角の宝石が隠れてしまうなぁって」
「不器用かよ」
至極真面目な顔で告げるものだからつい突っ込んでしまった。
そんな縛り方をすれば、疑問に思う前から結果は見えている。
「私そんなに器用じゃないし…でもぐるぐる巻きにする以外にある?」
これまた至極真面目な顔で問いかけてくるものだから、つい溜息を一つ。
「…貸せ」
仕方なしにと片手を差し出せば、きょとんと緋色の瞳がその手と顔を交互に見た。
「え、何するの…まさか細切れにする気じゃ…っ」
「しねェよ。俺は切り裂き魔か」
「鬼にとっては同じようなものかと」
「うるせェ」
「ぁたっ」
ぴんっと蛍の額を軽く指先で弾く。
一瞬怯んだその隙に、さっさと手元から紐を奪い取った。
「あっ」
「それも貸せ」
「え?」
「簪」
「…へし折るの?」
「だからなんですぐ暴力に繋げんだお前はよォ!」
「顔がそう言っ…あ!」
出会いが出会いだったのだ。
蛍が実弥相手に何かと暴力に繋げてしまうのには訳がある。
しかしそこがなんとも煩わしく、実弥は自ら蛍の頭に手を伸ばした。
煉獄の言うことなら素直に聞くだろうに。
なんだこの違いは、癪に障る。