第28章 あたら夜《壱》
珊瑚色の玉を中心に、その下で幾くつも紐で輪を作りリボンのように模っている。
垂れた二つの紐のうち一つに結ばれている天元の宝石が、偶にゆらりと揺れる。
古風で愛らしい形をしているが、そんな形の簪は見たことがない。
十中八九、売り物としてではなく私情で作られたものだ。
何よりその飾り紐は、簪を飾る程の綺麗なものではなかった。
「うむ、見たことがあると思った。我が家の髪紐だな」
「というか杏寿郎のものなんだけど…」
「俺の?」
簪を口元に持ち上げると、蛍はばつが悪そうに苦笑した。
「童磨から私を引き離してくれた時、腕の止血に使ったでしょ?…あの髪紐」
「そうなのか?」
思わず頭が僅かに浮く。
まじまじと見つめた髪紐は、なんてことはない黒い編み込みの紐だ。
血に染まっているようには見えないが、確かに使い込まれた古めかしさがある。
あの時は蛍を童磨の手から取り戻すこと、駒澤村の人々を救うこと、父に蛍を認めされること、色んなことで頭はいっぱいですっかり髪紐のことなど抜けていた。
大体、思い入れも特にはない単なる髪紐だ。
「そんな髪紐、血生臭いだろう。もっと上質なものを」
「ううん、いいの。これがいい」
しかし蛍は違った。
大切そうに簪を片手で胸に抱くと、噛み締めるようにして微笑む。
「杏寿郎のいつも傍にあったものでしょ? 私は、これがいいの」
腕が綺麗に生え戻った後、血に染まった髪紐を捨てる気には到底なれなかった。
だからと言って杏寿郎に返すのもどうなのか。そう迷う暇もなく杏寿郎は次の日には別の髪紐を使っていたものだから、自然と手元に残った物だ。
『何してんだァ? お前』
『不死川』
『誰の血だァソイツは』
『違う違う。誰の血も飲んでないから。これは杏寿郎が私の腕の止血に使ってくれた髪紐』
人気のない台所の隅でこっそり髪紐を洗っていれば、血の臭いでも嗅ぎ付けたかのように目敏く実弥に見つけられた。
血走った目を向けられる前にと急いで経緯を話せば、割とすんなり納得してもらえたのだ。