第28章 あたら夜《壱》
膝の上に後頭部を預ける。
初めて膝枕の柔らかさを味わった時と違い、髪を後ろでまとめていない今なら好きな位置に寝付けられる。
後頭部を預けたまま真上を見上げて、杏寿郎は徐に手を伸ばした。
「髪。崩れてしまったな」
蛍を押し倒し唇を奪ったのだ。その行為の中で、乱れた髪から簪が抜け落ちそうになっていた。
ゆらゆらと揺れる小さな宝石に触れれば、簡単に抜ける。
杏寿郎の視界の中で、はらりと蛍の髪が舞った。
「あ…杏寿郎、寝るんじゃ」
「寝ているだろう?」
包まれるような柔らかな腿から離れる気はない。
大人しく頭を寝かせたまま、杏寿郎は蛍の髪の毛先を指で遊ばせた。
「君の髪は滑らかで美しいな」
「そう…かな」
「そうだとも。叶うのならばずっと触れていたい」
愛でるように髪を指の腹で撫で付ける。
杏寿郎のその行為に、喉まで出かけた言葉を蛍は飲み込んだ。
(八重美さんに教えてもらって、よかった)
初めて椿油の体験を煉獄家でした。
髪質は自分とは大きく違うが、焔色の髪がこうもふわふわで肌触りがいいのは手入れのお陰もあるのだと知った。
それからは入浴後、念入りに自分の髪も手入れするようになったのだ。
髪の乾かし方や櫛の梳き方という細かなところから、自分より遥かに女子力の高い八重美に教授してもらった。
鬼の体は再生するにしても、元通りになるのは鬼になった直前の自身の姿だ。
それ以上に綺麗であろうとするならば、時間と手間はやはりかかる。
綺麗でありたいと望むのは、こうして愛おしい人に愛でてもらう為。
それをつい嬉しさで吐露しそうになったが、なんだか種明かしのようで恥ずかしくなって止めた。
杏寿郎が好いてくれているなら、それでいい。
「じゃあ私もずっと触ってる」
柔らかな猫っ毛の頭部に手を添える。
ふわふわと重力を逆らう髪を優しく撫でれば、見開いていた双眸が気持ちよさそうに細められた。