第28章 あたら夜《壱》
鍛錬の合間。
健康的な汗を流し、互いに切磋琢磨し、呼吸技と血鬼術を磨き上げていた。
一通りの鍛錬を終え、一先ず休憩となった頃合いだ。
『杏寿郎、ここも汚れてる』
『ん?…ンむ』
『ふふっ一本取った♪』
流した汗を互いに拭き合う中、結局その日は一本も師範から取れなかった蛍が細やかな反撃をした。
指差された頬にある汚れを取ろうと獅子の頭が傾けば、ぷにりと待ち構えていた蛍の指の腹が刺さる。
鬼特有の鋭い爪を避けて、指の腹で器用に頬を押し返した。
にひりと笑う蛍に、先程までの張り詰めた空気はない。
つられて杏寿郎の表情も砕け、その後は遊戯のような一本の取り合いになったのだ。
その延長線上だ。
笑い合って揉み合いながら、蛍の体は背中から道場の床に沈んだ。
否、沈む前に杏寿郎がその背を抱き止め、腕の中に収まる形となったのだ。
絡む視線。零れる吐息。
汗を流し、熱をこもらせ、じゃれるように触れ合っていた空気に艶が帯びる。
ただもっと触れ合っていたいと望んだ結果。
『あ…ッこんな所、で』
『少しだけだ。少しだけ──…蛍を味わわせてくれ』
そこに生まれたものは、淫らな欲情だった。
「今は駄目です。杏寿郎は寝る時間っ」
思い出してどうしても熱くなってしまう顔を片手で隠しながら、ぽふりと膝を叩く。
蛍のその照れ抜く姿には欲を駆られたが、ここで手を出しては折角誘ってくれている膝枕も台無しにしてしまう。
「…あいわかった」
全く異なる魅力をそれぞれ天秤に賭けた結果、杏寿郎が取ったのは癒しだった。
「ではその言葉に甘えて、俺が眠るまで膝を貸していてくれるか?」
柔らかな腿に包まれて眠りに落ちるのは、とても心地がよかった。
ここ最近の就寝で一番と言える程に安眠できたものだ。
その安心感と微睡みにまた浸りたくて問いかける。
「どうぞ」
はいともいいえとも返答はなかった。
ただ両手を広げ優しく誘われる。穏やかな視線で、おいでと促される。
それだけでまるで童心に返ったかのように、杏寿郎の心は逸るのだ。