第7章 柱《参》✔
「いいよ。顔をお上げ」
他の誰でもない、私に向けられた言葉なんだと理由もなしに理解した。
言われるがまま恐る恐ると顔を上げる。
下から見上げるようにして見えたのは、白い髪の女性に付き添われている男の人だった。
束ねられる程の黒髪を下ろした、背格好は極々平均的な男性。
着ている服も鬼殺隊の隊服とは違う、極々普通の着流しに白い羽織。
だけど私の視線を奪ったのは、優しい微笑みを称えるその人の顔だった。
火傷…のような、それとも違うような。変色した痣のような跡が、額から目元まで覆い尽くしていた。
跡が及んでいる両目は、私に向いていたけど光は差していない。
あの悲鳴嶼行冥と同じだ…見えているのか、見えていないのか。
わからない、感情が掴めない白い瞳。
「今夜は月が出ているね。満月かな?」
穏やかな声。
何気ない風景を口にしているだけなのに、耳を奪われる。
「今宵は十六夜で御座います」
「そうか。それは綺麗な月だろうね」
応えたのは、付き添っていた白髪の女性だった。
黒目の大きなつり上がった猫目。
凛としたその目から伝わる気配に、はっとするような綺麗な顔。
女中さん…にしては、着ている着物が上質そうなものだ。
もしかして産屋敷の人なのかな。
「今夜は私の申し出を受けてくれて嬉しいよ。彼らも一緒だとは知らなかったけれど」
「申し訳御座いません、どうぞ身勝手をお許し下さい。彩千代蛍を一人お館様の下へ向かわせる訳にもいかず、我々も同行した次第であります」
「やあ、杏寿郎。君はきちんとその目で蛍を視て、然るべき答えを出してくれたんだね。ありがとう」
「礼を言われるようなことは。己の心に従ったまでであります」
いつもは張った声で怒涛のように言葉を飛ばしてくるのに、お館様にはまるで声量も口調も違う。
其処には私の知らない杏寿郎がいた。