第28章 あたら夜《壱》
「う…む」
「?」
「なんでもない。こうか?」
「ん、」
愛い、と思わず感情の方を吐露しそうになってどうにか吞み込んだ。
よしよしと頭部から額にかけて優しく撫でれば、もっとと強請るように蛍の頭が傾く。
擦り寄り、身を寄せ、触れ合ってくる。二人きりの時にだけ見せる小動物のような甘え方。
その仕草がいちいち可愛くて、思わずくしゃくしゃと求められるままに蛍の頭を掻き撫でた。
「ん、ふふ」
ふくふくと蛍の口から甘い吐息のような笑い声が落ちる。
目元を滲ませるアイシャドウも、頬に歪に散る紅も、斑に乗せられた白粉も気にならない。
目を細め、頬を緩め、彼女がしあわせそうに笑うだけで。
目は離せないし、ずっと見ていたくなるし、もっと触れていたくなる。
「ふ…っ?」
もっと。
ゆらり、と蛍の体が傾く。
無言で前のめりになる杏寿郎に体を押されて、ぽふりと背中から布団の上に落ちた。
「杏…?」
零れる笑い声を止めれば、見上げる顔はすぐ傍にあった。
じゅろう、と続こうとした唇は上から降ってきた接吻により塞がれる。
緋色の瞳が、ぱちりと瞬く。
そんな気配は先程までなかったはずだ。そう言いたげな蛍の手が杏寿郎の胸を柔く押せば、更に唇の逢瀬は深まった。
「んん…っ?」
無防備な唇の隙間をこじ開け入ってきたのは、温かな舌。
反射的に退けば追いかけられる。
追いかけ絡め取り、吸い上げては味わい尽くす。
「ふ、んンっ…ぅむ…ッ」
狭い口内を知った顔で味わう杏寿郎の舌から逃れきれず、蛍は戸惑いながら目の前の微かな化粧跡が残る寝間着を握った。
ぬち、と粘膜を擦れ合う音と。はぁ、と息継ぎの合間に零れる吐息だけが室内を奏でる。
寝間着を掴む手が震え出す一歩手前で、捕まえた舌の感触を一通り味わった杏寿郎の顔が退いた。
「…いつもの君とは違う味がするな」
己の唇を舐め上げ、ふむと仄かに笑う。
名残として残っていた紅を、唾液と混ぜて味覚に残した所為か。唇の端から掠れているそこに触れる程度に口付けると、熱い吐息を零した蛍が弱く声を上げた。
「なん…急、に…っ」