第28章 あたら夜《壱》
そんな些細な失態など全て許せてしまう。ただひたすらに愛でていたい、そんな気分にさせられる。
愛らしいことこの上ない。
「抱き込んだのは俺の方だ。蛍は何もしていない」
「…でも…」
「それにこんな些細な汚れならすぐ落ちる。それよりも、」
いくら声をかけようとも微動だにしないこんもりとした餅蛍。
その耳元によく届くように身を屈めて、杏寿郎は無防備な頸の項を撫でた。
「今蛍の心にこびり付いている感情の方が気になって仕方がない。俺が蒔いた種だ、俺の手で摘ませてくれ」
きちんとまとめられていた髪は、抱き込んだ際に崩れてしまった。
後れ毛がはらりはらりと落ちる中で、赤く染まった細い頸は目につく。
そこを後れ毛を掻き上げるように指を添えて撫でれば、ぴくりと餅蛍が揺れた。
「蛍」
「……」
それでも迷っているのか。もぞもぞと揺れながらも顔は上がらない。
鬼として柱と向き合う度胸は持っているというのに、こういうところは恥じらい隠れてしまう。
なんとも愛らしくて面白いものだと改めて湧き立つものを感じながら、杏寿郎は掻き上げた首筋に唇を寄せた。
ちう、とわざと音を立てて吸い付く。
ただでさえ蛍の弱い頸に、今は赤く染まる程に過敏になっている。
びくんっと肌を震わせると、同時に頑なに伏せていた頭が上がった。
「そら、」
その瞬間を杏寿郎は見逃さなかった。
片腕を背に回しぐいと抱き上げると、するりと頬へと滑らせた片手で顎を包む。
「捕まえた」
優しい仕草で、しかし離さないように。
頸の後ろから滑るように片手を回した為か。崩れた髪の隙間から玉簪がずり下がる。
からん、と音を立てたのは煌めく宝石の欠片。
「…なっ」
まあるく見開いた蛍の目が、ぽかんと杏寿郎を見上げて。それから瞬く間に顔一面は色付いた。
「い、今のはずるい…ッ」
「はははっ俺の作戦勝ちだなっ」
「離し…っ」
「それは聞けない。俺は蛍の顔が見たいんだ」
「化粧崩れした顔見て笑いたいんだッ?」
「言ってない言ってない。それにもう笑っていないだろう?」
「すんごくにこにこしてる…」
「常備の顔だこれは」