第28章 あたら夜《壱》
「く、はは! すまん…っ」
「そ…そこまで笑わなくても…!」
余りの羞恥に、丸めた体が尚も縮まる。
笑う杏寿郎の声に押されて涙まで溢れそうだ。
「いや、違うんだ。君が、その…っ余りに、愛らしくて」
「言葉間違えてます! 絶対!」
「本当だ。…ぶふっ」
「杏寿郎さん!?」
睨み付けて叫びたいが、どうしても顔は上げられない。
餅のように丸まったまま蛍が憤慨すればする程、杏寿郎は顔を高揚させて笑った。
涙こそその笑う目に浮かんでいる程だ。
「本当だ。ああ本当に…君は、」
杏寿郎の視界には、こんもりと己の体で籠城する蛍の背中と後頭部しか見えない。
ちらちらとその隙間から垣間見える耳や頸は、真っ赤に染まっている。
それがまたどうしようもなく胸を掴んで揺さぶってくるのだが、それを今の蛍に説明したところで伝わらないだろう。
「可愛いなぁ」
緩みきってしまう口角をそのままに。
下がりきってしまう眉尻を尚下げて。
小さな餅を包み込むように、ぎゅっと上から抱き締めた。
「化粧崩れでもしたのか? 君にしては珍しいが…俺はその珍しい姿が見られたから満足だ」
「む…ぅ…」
「笑ってすまなかった。確かに驚いたのも、愉快に思ったのも本音だ。だが懸命な君の姿が何より愛らしくてだな」
「…ぅぅ」
「顔を上げてくれないか? もう笑わないから」
よしよしと、小さな丸い背中の曲線を幾度も撫でる。
頭を床に突っ伏したまま聞こえていたくぐもる唸り声が、そうしているとやがて消えた。
「……」
「蛍?」
「…寝間着」
「うん? 寝間着? これか?」
ぽそぽそと餅の中から聞こえてくる声に耳を澄ませる。
「…汚してごめん…」
先程まで蛍の顔を覆い抱きしめていたのだ。その化粧汚れが付いてしまったが故の謝罪だった。
蛍にとっては当然の謝罪だったが、杏寿郎の予想にも掠らなかったこと。
きょとんと己の胸元に目を止めれば、確かに薄らと白い寝間着は黒く煤んでいるようだった。
ふはりと、堪らず吐息で笑ってしまった。