第28章 あたら夜《壱》
真正面から向き合う顔に、どきりとする。
閉じられた瞳が開くかと思いきや、その様子はない。
反射的に退こうとした体を押しとどめて、蛍はほっと内心息をついた。
(こうして見ると、目尻の睫毛すごく長いんだよね…)
見開いた特殊な色の双眸が目立つ為か、起きている時はそんなところに目は止まらない。
近くでじっくり見つめていると気付けること。
ぴんと跳ねた目尻の睫毛は、女顔負けに長くしなやかな曲線を描く。
いつもはよく上がっている口角が、力なく下がり寝息を繋いでいるだけであどけなさが残る。
肌のきめも、眉の繊維も、筋の通った鼻も、枕に散る埋もれるような焔色の髪も。
見つめれば見つめる程、目が離せなくなり吸い込まれていく。
(──いけない)
目に見えない何かに引き寄せられるように、自然と身を乗り出していた。
このままでは触れてしまうと、畳に手を付いて体を起こす。
「んぷッ」
その前に、顔から目の前の布団に突っ込んでしまった。
「ん…ほたる…か…」
正確には、杏寿郎の胸の中に。
「き、杏寿郎…?」
体を起こす直前、伸びた杏寿郎の手がその腕を掴んだのだ。
呆気なく引き寄せられ、寝入る杏寿郎の胸へと突っ伏してしまった。
耳に届くは、朧気に呼ぶ声。
起こしてしまったのだろうか。
息をすべく顎を上げれば、眩い太陽でも見ているかのように、眠たげな瞼に力を入れる杏寿郎が見えた。
「(あ。まだ眠そう)ごめん起こして。私は行くから、まだ寝てンぷっ」
貴重な睡眠時間を邪魔しに来た訳ではないのだ。
再び身を退こうとすれば、しかし再びまたその胸に突っ伏してしまった。
今度はしっかりと背に回された太い腕のお陰で。
「…邪魔には、なってない…いてくれ…」
ふぁ、と小さな欠伸を一つ。
ようやく重い瞼をこじ開けるように薄らと開く双眸に、慌てた蛍は胸に大人しく顔を預けた。
今は崩れた化粧で目も当てられないのだ。
そんな顔で寝起きの杏寿郎を驚かせる訳にはいかない。