第28章 あたら夜《壱》
(…ちゃんと休めているのかな…)
鬼である蛍には無くても困らないものだが、人間である杏寿郎には死活問題だ。
だからこそここ最近立て込んでいた夜通しの村の警護を一区切りとし、杏寿郎は眠りについている。
昼間は昼間で千寿郎の剣の稽古をつけたり、槇寿郎に声をかけたり、留守にしていた駒澤村の人々と交流をしたり。また虫干しを始め、薪割りや壊れた建物の修復など、力仕事が必要な家のことを受け持ったり。
止めなければ何かとあの闊達さで活動し回ってしまう。
今夜は神幸祭。
共にめいいっぱい楽しみたいのだと頼み込んだ蛍によって、杏寿郎は朝から深い睡眠を取っていた。
(寝息は…静かだ。息は深い。寝られているとは、思うけど)
抜き足差し足忍び足。
音を立てずに歩くことは、日々の鍛錬で苦も無くできるようになった。
そっと杏寿郎に近付いて、綺麗な寝顔を覗き込む。
膝を折り畳に寝そべる形で、静かな横顔も観察した。
(…うん、大丈夫そう)
杏寿郎の寝起きは大変に良い。
しかしそれは己が決めた時間に起床することに関してだ。
太陽の位置はまだ高い。
杏寿郎が起きるにはまだまだ早い時間帯。
任務を運ぶ要の微かな気配も察して起きることができるが、必要がないとあれば逆に騒音を耳にしても起きはしない。
まるで寝ている間も確固たる己の意思があるかのように、自在に身体を操ってしまう。
故に今は起きることもないだろう。
そう判断した蛍は、杏寿郎の横に寝そべったままふやりと頬を緩めた。
(杏寿郎もこんな気分だったのかなぁ…これはしたくなるかも)
杏寿郎と想いを繋ぎ合った次の日。
慣れてきた炎柱の屋敷内で目を覚ませば、隣で寝転んだ杏寿郎が蛍の寝顔を見つめていた。
あの時は心底驚いたし羞恥もあったが、今ではその気持ちも手に取るようにわかる。
穏やかで無防備な、好いた相手の寝顔をただただ見つめているだけで、心は満たされる。
愛おしい、という感情で満ち満ちるのだ。
「──、」
音を立てないように、零れてしまう笑いを押し殺す。
「…ん」
「!」
その気配に動かされたのか。身動ぎ一つしなかった杏寿郎が、もぞりと寝相を変えるように蛍の方へと体を倒した。