第28章 あたら夜《壱》
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とぼとぼと、狭い歩幅が廊下を歩む。
「最後、勢いに任せ過ぎたかな…」
槇寿郎に部屋を追い出された蛍は、肩を落とし背を曲げ力無く歩いていた。
しつこく槇寿郎に喰らい付きはしなかった。
最低限でも神幸祭には誘えたのだ。
納得している様子は微塵もなかったが、時間帯も合わせて伝えたいことは伝えられた。
(杏寿郎達に伝えておくって言ったけど、これは伝えられないなぁ…)
最後は火山の噴火のような怒りだった。若干顔が赤かったような気もするが、憤怒によるそれだろう。
槇寿郎が神幸祭に足を向けてくれる可能性は限りなく低い。
ううん、と唸りながら蛍は腕を組み頸を横に傾けた。
「…どうしよう」
このまま千寿郎達の所へ戻っても、喜ばしい報告はできない。
それ以上に蛍の廊下を歩む足を遅らせたのは、触れた己の顔にある。
「……うーん…」
この場に手頃な鏡などはない。
通りすがった廊下の硝子障子戸の硝子の中を覗き込む。
薄らと影がかかる程度にしか見えないが、頬に触れたはずの指先には目元のシャドウが付いていた。
「絶対に間抜けな顔になってる…」
槇寿郎の手で鷲掴まれた際に、化粧は崩れてしまったのだろう。
あんなにも淑やかで可憐な化粧を施してもらったというのに。今は散々たるものになっているはずだ。
(こんな顔で戻ったら絶対に心配される)
想像せずともわかる。こんな崩れた顔で戻れば、槇寿郎の手により陽の下に引き摺り出された時と同じくらいに動揺させてしまうかもしれない。
健気に気遣ってくれた千寿郎を、これ以上心配させる訳にはいかないのだ。
(先に洗面所か台所で化粧を落とそう。それから千くん達の所に──)
「姉上、大丈夫でしょうか…」
「とにかく行ってみましょう」
「!?」
うんと頷き、踵を返そうとした矢先。まさか渦中の声が正面から聞けるとは思っていなかった。
咄嗟に蛍が身を捻らせたと同時に、廊下の角を曲がり姿を現したのは千寿郎と八重美。
広い屋敷であっても、今は賑やかな杏寿郎は就寝中だ。
静かな煉獄家で当主の噴火は、悟られてしまったのかもしれない。