第28章 あたら夜《壱》
「わた、しの…爪が、牙が、二人に届かないように。見ていて、ください」
「言われなくとも…! 俺の目の黒いうちは髪の毛一本足りともくれてやるものかッ!!」
明白な否定。
そしてある意味での肯定。
それを待っていた。
すぅ、と深く息を吸う。
みしりと手に力を込める。
瞬発的に筋力を上げて槇寿郎の手首を掴むと、酸素が通れるだけの気道を確保する為に頸から引き離した。
「ッ!?」
驚いたのは槇寿郎だ。
まさか己の手から逃れられるとは。
一瞬の隙を突かれ見開く双眸に映ったのは、口角を上げ強い視線を向ける蛍。
「はいっでは今夜の神幸祭でもお願いします!」
先程の蚊の鳴くような声など何処へやら。はきはきと告げる蛍に面食らった。
「……は…?」
「今夜は沢山の人に紛れます。下手したら杏寿郎さんや千くんだけじゃなく、赤の他人にまで手を出してしまうかもしれません。そうならないように槇寿郎さんに見張っててもらいたいのです」
「……」
「お祭りに向かうのは七時過ぎとなっています。どうぞそれまで身支度の方をよろしくお願いしますっ」
空いた口が塞がらないとは正にこのこと。
唖然と立ち尽くす槇寿郎の腕力から解放された蛍が、姿勢正しく頭を下げる。
「杏寿郎さん達にも伝えておきますね」
顔を上げて、めいいっぱいの笑顔で笑う。
そんな笑顔を向けられたのは初めてだった。
鬼という正体を晒してから、何かと歩みよろうとしても恐怖が勝るのかぎこちなかった蛍だ。
しかし今はそれ以上に喜びが隠し切れないのだろう。
当然、鬼である蛍を監視する義務はある。
だが監視される側の蛍がこうも嬉しそうに受け入れるとは。
わかっていたのだ。それを望んでいた。
鬼に対する負の執着を利用して、神幸祭への切符を握らされた。
つまりは嵌められたのだ。
「ッ~…ぃ…」
か、と槇寿郎の頬が羞恥に染まる。
同じく頬紅で染められた顔を尚も明るく弾ませる蛍に、ぷちんと何かが切れた。
「さっさと出ていけェッ!!!!」
「ひゃあッ!?」
それと同時に、蛍の体は容赦なく部屋から放り飛ばされたのだった。