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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第28章 あたら夜《壱》



 一歩遅れて、じんじんと後頭部が痛み出す。
 目の前には鬼よりも鬼の形相をした槇寿郎。
 頸には簡単に片手で覆える程の大きな手。

 槇寿郎に頸を鷲掴まれて、壁に押し付けられたのだと悟った。
 身構えていなかった為に反応できなかったのだ。


「千寿郎の体液を喰らったと、そう言ったのか」

「…っ」


 間近に迫る槇寿郎の気迫に、息もできない喉がひゅっと縮み上がる。
 影を覆う男の顔は、全貌が見渡せない。
 ぎらぎらと殺気立った双眸だけが視界を覆っていて、逸らすことなど許されなかった。


「人の真似事をしながら人を喰らうなどッ鬼畜生にはそれすら遊戯かふざけるな…ッ!」

「ぅうッ」


 蛍の顔ならば、軽々と覆える大きな掌だ。
 それにより顔を強く鷲掴まれて、肌に突き刺す爪が喰い込む。

 相手は元柱と言えど、蛍も現柱の下で鍛錬を重ねてきた身だ。
 抗い抜くことも、回避することもできた。

 しかしそれは今すべきことではない。

 身構えることなく槇寿郎に手を上げられるまで動かなかったのはその為だ。
 憤怒くらいでは駄目なのだ。
 今のように殺気立ち、掴み掛かる程でないと。


「っ…わた、し…は、鬼…です…」

「ッまだ言うか…!」

「それ、でも…杏…と…せ…くんの、傍に、いたい」


 気道を塞ぐ程の力で鷲掴まれて、呼吸もままならない。
 それでも無理矢理こじ開けた。
 ひゅーひゅーとか細い空気の通り道を作り、蚊の鳴くような声を絞り出す。

 蛍のそれは呼吸技の類だ。
 本来ならば鬼殺隊が扱うべきもの。
 鬼の呼吸を助ける為に、過去の隊士達が血反吐を吐きながら生み出したものではない。


「ならん…! 誰が鬼など傍におくか…ッ!」


 カッと血が登る程に激昂する。
 槇寿郎のその言葉に、一度だって抗わなかった蛍の手が初めて動いた。


「っ…なら、」


 頸を鷲掴んだ槇寿郎の手に触れる。
 力任せに押し返すのではなく、恐々とでも、寄るように。


「わたしを、みていて…下さい、ませんか」


 鋭い爪は槇寿郎の肌を傷付けはしない。
 ただ恐々とでも、離れはしなかった。

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