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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第28章 あたら夜《壱》



「人は、喰らいません。ただ飢餓は自分では止められなくて…杏寿郎さんの血液を抑制の為に、貰っています」

「抑制だと…自分で自分を抑えることもできないのか…ッ」

「す、みません」


 酒に焼かれ枯れた声が、呻るような低さを増す。
 ぴりぴりと肌に突き刺さるような圧を感じて、蛍は身を硬くした。

 しかしここで退いては駄目だ。
 槇寿郎から踏み出してもらわなければ。


「血液採取と同じ方法で、器具を使い痛みを伴わないようにしています。必要以上の血液も貰っていません。…それでも、私にとってそれは人間の食事と同じことで…摂り続けないと、自分を保てなくなってしまいます」


 恐る恐ると告げていく。
 その合間に槇寿郎の反応を伺えば、いつもは鋭い剣先のような双眸が限界まで見開いていた。

 足が竦む。冷や汗が浮かぶ。
 相手は手練れの鬼狩りだ。
 一歩間違えれば、己の命も危うくなるだろう。

 それでも。


(まだ、足りない)


 これでは駄目だ。
 槇寿郎が憤慨している程度では。


「なので杏寿郎さんの血を、飲んでいるんです」


 ぴくりと、太い眉尻が僅かに上がる。
 わなりと、噛み締めた唇の端が揺らぐ。


(…やっぱり)


 どんなに口や態度で拒絶しようとも、槇寿郎にとっては無二の息子なのだ。
 息子が鬼と共に地獄を歩む決意をした。
 蛍にその決意を実現させる訳にはいかないと、怒鳴り付けてきたのだから。

 その息子が、今度は鬼の為に血を流している。
 そのことにだって黙っていられるはずはない。


「あの馬鹿者が…ッ」


 それでも緊迫した空気のまま澱み止まっているのは、鬼殺隊としての宿命を背負った杏寿郎を、同じ鬼殺隊であった身として理解しているからか。

 あと一歩。もう一歩足りないと、蛍は拳を握り意を決した。


「…千くんの体液を貰ったこともあ」

「ッなんだと…!」

「うぐッ!」


 それが決定打だった。

 鬼殺隊ではない、まだ幼さの残る息子。その千寿郎からも糧となるものを貰っていると告げる前に、蛍の頸が強く締まる。

 がつん、と鈍い音が鳴り響く。
 外からなのか、自分の頭の中か。
 理解する前に蛍の頭は揺さぶられた。

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