第28章 あたら夜《壱》
あ。と零れそうになった声を蛍は寸でで飲み込んだ。
目にしたのは、米粒一つ残さず綺麗に食された食器類。
(全部食べてくれてる)
昼食にと作ったおかずの品々。
その中で里芋の肉味噌和えと、しめじと厚揚げのかき玉は蛍が作ったものだ。
自分が作った料理を口にしてくれた。
そんな些細なことが胸の内をあたたかくさせる。
「ご飯、どれが特に美味しかったですか?」
「どれも大して変わらん。片付けるならさっさと行けっ」
膳の前に膝をついて見上げる。
つい笑顔になってしまえば、居心地が悪そうに目を逸らされた。
「ではどれも美味しかったってことですね。千くんに伝えておきます」
「そ…っ」
ぱちり、と綺麗に並べた箸を膳の手前に添えて置く。
否定しかけた槇寿郎がその言葉を呑み込んだのは、見上げた蛍と再び目が合ったからだ。
何かに耐えるように押し黙り、鋭い双眸はまたもふいと逸らされた。
「……なんだそのふざけた顔は」
「え?」
「人間の真似事か」
絞り出すようにして向けられたのは称賛などではない。
それでも槇寿郎のその言葉に、蛍はぱぁっと花が咲いたように尚も笑みを深めた。
「はいっ人の真似事ですっ」
関心を示してくれるだけ歩み寄れている証だ。
「今夜はお祭りですから。杏寿郎さんや千くんの隣に立つ自分が、人としていられるように。八重美さんに頼んで化粧の仕方を教わったんです。…どう、でしょうか」
「…馬鹿馬鹿しい。人を真似ようとも、お前は人にはなれん」
「では、鬼に見えますか?」
「当たり前…」
逸らし続けていた蛍の姿を、ちらりと垣間見る。
垂れた優しい印象を見せる瞳は、縦に割れた緋色ながらも欲に塗れてはいない。
鋭い犬歯を持つ口元も、剥き出すことなく愛らしい唇の紅をぽてりと魅せている。
鋭い爪を持つ手は、食器に掠り傷一つ付けることなく丁寧に重ねて片付けていく。
目の前で膳を片付ける女の仕草や所作に、槇寿郎の知る鬼のものなど何処にもない。
「…だ」
当然だと言えるはずなのに。
即答ができなかった。