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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第28章 あたら夜《壱》



 頬にはほんのりと淡い頬紅を差す。
 粒子の細かい桃色のそれを薄く頬に乗せるだけで、顔に明るさと可憐さが生まれた。

 目元に紅は差さず、目尻の下にほんのりぼかす程度の暗いシャドウを入れる。
 垂れ目をイメージさせるようなそのメイクは優しい瞳を作る。

 唇には柚霧の時のように唇の形に添って紅は差さず、ほんの少しだけ枠を外して内側に差す。
 下唇はぽってりと、上唇は立体的に上に上げて。
 おちょぼ紅とまではいかないが、ぽちょんと上向きに見える唇は丸みを帯びて愛らしい印象だ。

 優しく、まあるく、愛らしい。
 そんな印象を覚える女性の姿。

 普段の蛍とはまた違った可憐な華やかさは、町中に出れば目を惹くも人に溶け込める姿だ。
 町に咲く一凛の花のように。


「そう、ですか」


 へら、と緩い笑顔を浮かべる蛍の頬はどうしようもなく緩み切っている。
 だらしのないものではなく、抑え切れない感情が顔を見せるように。


「兄上にも見せますか? 折角なら」


 そわりと逸る胸を両手で押さえて、ふと千寿郎が提案する。
 そんなにも幸せそうな蛍の姿を、ぜひ兄にも見てもらいたいと思ったからだ。


「え。でも…」

「今夜の神幸祭でお見せするのは、ご自分で施す化粧ですよね?」

「まぁ…うん。だから尚の事こんな素敵な化粧を見せてしまったら、私の下手な化粧じゃ…」


 今し方八重美に施してもらった化粧は手本のもの。
 蛍はその化粧の仕方を教えて欲しいと八重美に頼んだ。
 最終的には自分でしたものを、夜の神幸祭でお披露目する予定だった。


「見劣りするというか…そうだ! これ槇寿郎さんに見せたらどうかな」

「え? 兄上ではなく父上ですか?」

「うん。だって千くん、今の私は人に見えるんでしょ? 私が人として生きて行こうとしている姿勢も伝わるかも」

「そう、でしょうか…」

「だとすれば善は急げ。今度こそ槇寿郎さんを神幸祭に誘えるかもしれない…っ」

「あっそれが目的ですねっ?」

「勿論!」


 何度神幸祭に誘っても、槇寿郎は頸を縦に振らなかった。
 今日が最後のチャンスなのだ。
 できることがあるならなんだってしたいと、蛍は潔く腰を上げた。

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