第28章 あたら夜《壱》
先程までの面影はない。
気恥ずかしそうにしながら、それでも溢れる嬉しさが隠れきれていない。
「姉上?」
そっと千寿郎が呼びかければ、曲げた指の間接で額を擦りながら、照れ臭そうに蛍ははにかんだ。
「なんていうか…普通のおうち?で育った女性みたいに、見えてるかな」
「はい…姉上は人に見えますよ。ちゃんと」
「そっか」
千寿郎は、鬼ではなく人という意味で伝えた。
しかし蛍には、それは別の特別な響きを持っていた。
『八重美さん。お願いが、あるんです』
『なんでしょう?』
今回の件を頼み込んだのも、蛍からだった。
任務漬けの中、唯一望めた最終日の神幸祭。
その日を杏寿郎や千寿郎と過ごす際に、蛍が何より望んだもの。
『普通の…というか、あの…町娘?がするような化粧の仕方を、教えて下さい』
彼らの隣に立つ時に、普通の女性で在りたいということ。
極々ありふれた一般女性のお洒落の仕方。それを蛍は知らなかった。
目尻に薔薇色の紅を添える化粧映えの方法や、男を誘う視線の流し方なら知っている。
しかしそれ以外の、八重美にとって身近に感じる女性の身嗜みは本当に何も知らなかったのだ。
現に八重美の手により薄く優しい化粧を施されても、すぐに実感は湧いていなかった。
これが一般的な化粧の方法なのかと、まじまじと興味深く見ていただけだ。
八重美は蛍の生い立ちなど知らない。
ただその幼子のようにも見える蛍の感情の吐露には、訴えてくるような何かを感じた。
「似合っていますよ。蛍さんは何処から見ても、素敵なお嬢さんです」
柚霧の時は三色の白粉で美しくとも人口の肌を作り出していた。今回は肉色のみの白粉を使用し、薄い化粧ベースを作る。
それは蛍の持つ本来の肌のきめを残しつつ、美しさを惹き立てた。