第28章 あたら夜《壱》
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「これでよし…と。はい、終わりです」
手に持っていた道具を机に置く。
満足そうな顔で頷く八重美に、蛍は頸を右へ左へと傾けた。
「どうですか? 蛍さん」
「うん…自分の知らない自分がいます」
「蛍さん、こういう経験は…?」
「無い、ですね。こういう形では」
更には頭が上へ下へと行ったり来たり。八重美が想像していた反応とは違う。
手際を誤ってしまっただろうかと、不安げに隣に座る千寿郎へと意見を求めた。
「千寿郎さんはどう思われますか?」
「……」
「千寿郎さん?」
「え! は、はいっ」
見れば、ぼうっとどこか惚けた顔で千寿郎は蛍を見つめていた。
頸を傾げる八重美に問われ、はっとした顔が高揚する。
「す…! っ素敵、だと…っ思い、ます…とても…」
勢いは最初だけ。段々と尻窄みしていくと同時に、千寿郎は顔を逸らし尚も顔を赤く染めた。
初心な少年のような反応。
少し予想とは違っていたが、それこそ八重美の望んだ応えだ。
やはり手際は間違っていなかったのだと笑顔が戻る。
「よかったですね蛍さんっ」
「……千くん可愛い」
「えっ」
「なっ…姉上また!」
「だって本当に可愛くて。可愛い」
「い、今は近付かないでください…!」
ぷすりと頭から湯気を立たせる千寿郎を凝視する蛍が、真顔で可愛いを連呼する。
そのまま身を寄せるものだから、尚も千寿郎の顔は林檎のように赤く染まった。
「姉上はもっと自分の顔を自覚するべきです…!」
「何言ってるの、知ってるよ今更自分の顔面偏差値なんて。八重美さんのお陰で今は少し上がってるかもしれないけど」
「少しじゃありませんからッ」
「え…そんなに元酷い?」
「ちが…っそうじゃなくって」
あたふたと赤い顔を振る千寿郎に、にじり寄っていた蛍がさらりと受け答えていく。
一見すると蛍は冷静な態度に見えたが、八重美はその変化を見逃さなかった。
(蛍さん、嬉しそう…)
先程まで至近距離でずっとその顔を観察していたのだ。小さな小さなその変化を見つけることができた。