第28章 あたら夜《壱》
下がり眉を僅かに上げて、はきはきと物言う千寿郎の姿は八重美には物珍しかった。
そんな千寿郎相手に歳の差を感じさせない触れ合いをする蛍は、まるで本当の姉のように見える。
これが蛍の素なのだろう。そこに裏表のあるような表情は見えない。
だから母も、あんな顔を見せたのか。
八重美の脳裏に過ったのは、つい先日伊武家に蛍が訪れた日のことだった。
『静子さんの貴重な稀血を頂き、ありがとうございました。…助かりました。すごく』
『貴女は鬼殺隊なのでしょう? ならば尽力するのがわたくしの務め。すべきことをしたまでです』
『…それ、なんですが…』
『?』
『もし、手間でなければ…その…』
『なんですの?』
『…ぁ…あの…』
『はっきり仰いなさい。貴女はあの炎柱の継子なのでしょうっ?』
『っ汗! なども頂けませんでしょうか…!』
『………は?』
汗が欲しい。
羞恥が残る顔で勢いよく告げる蛍に、今度は静子が口を閉じる番だった。
というか面食らった。何を言っているのだこの鬼は、と。
『静子さんの血、本当に塩梅がよかったんです。稀血の中でも強烈過ぎないし、それでも普通の血より何倍も効果がありました。師範から貰う血よりずっと少なくて事足りたんです。ですから、もしかしたら静子さんの体液…汗や涙も、何かしら効果があるかもしれないと』
『ぉ…お待ちなさいな。汗や涙を…喰べる、と。そう仰っているのですか?』
『はい。実際は飲みます』
『そ、そんなもの口に入れるものではありません…!』
『大丈夫です、私は平気です』
『な…っ』
『味も不快なんかじゃありません。寧ろ血が甘いなら、汗や涙は塩っけがあるというか』
『そ、な…っ』
『こっちの方がご飯に近い感覚かも』
『ほう』
『しれな……い…』
『ほう?』
『とか…思…って、ません』
しどろもどろになる静子を蛍が勢いで押す。
がしかし握り拳まで作っていたというのに、知らず知らずのうちに背後を取っていた杏寿郎の気配に勘付いた途端に蛍は萎んだ。