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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第28章 あたら夜《壱》



 心根が優しいなどと、安易な誉め言葉を向ける気はない。
 蛍の中でぎりぎりの最善を選んでいるだけだ。
 杏寿郎と同じ、人で在る為に。


(ならば俺がすることは一つだけだ)


 今度一切、蛍の目にも耳にも与助という男の情報は入らないようにすること。

 与助の刑罰は重いものだったが、死刑までには至らなかった。
 殺したとされる遊女殺害の証拠が曖昧なものだったのと、直接手はかけていないと本人が主張し続けたからだ。

 菊葉を間接的にでも毒殺したはずだろうに。
 柚霧が目の前で撲殺されるのを笑ってみていただろうに。

 結果は杏寿郎の中で納得し兼ねるものだったが、それでも人生の大半は檻の中となる。
 蛍の前に現れないなら、それでもいいと呑み込んだ。


(二度とあの男に蛍は触れさせない。お前の名前であろうとも、彼女の思考に掠めさせるものか)


 すっぽりと簡単に収まる華奢な体で、溢れんばかりの憎悪を耐え忍び抱えている。
 そんな蛍の体を抱き締めながら、新たに強く決意した。

 今後の蛍の人生に、二度と触れさせるものか。
 あの男が己の命の灯火を尽き果てさせるまで、離すことなく睨みを利かせていようと。


(貴様の命は、俺が最期まで握っておく)


 抱きしめた蛍越しに見える、殺意すら感じそうな鋭い双眸。
 見開いた突き刺さるような瞳孔を見ていたのは、空を舞う朔ノ夜だけだった。






「…杏寿郎」

「む?」


 とん、と軽く背を叩かれる。
 力みそうになっていた腕を咄嗟に緩めて、杏寿郎は腕の中を覗いた。
 そこにはもう悪意に満ちた空気など一欠片も纏っていない。


「もう与助のことはいいから…」


 それより、と。恥じらいを残すような表情で、蛍が見上げてくる。
 先程まで杏寿郎が覗かせていた憎悪は、蛍には気付かれていない。

 勿論、杏寿郎自身も悟らせる気はなかった。
 己の中にある与助への殺意も、蛍の人生に関わらせるつもりはないのだ。

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