第28章 あたら夜《壱》
血液を提供できるのは基本的には柱のみ。
そう耀哉と約束事を交わしている為に、それに対する注意なら納得もする。
しかし杏寿郎にとっては体液も同じであったらしい。
笑っているが目は笑わないまま、縮こまる蛍に厳しく注意していた。
『俺が与える体液だけでは物足りないか? そうか』
『すみません大満足です』
多少方向性が違うように思えたが、敢えて八重美は見なかったフリをした。
それよりも目を白黒させる母の方が興味深くて、ついこっそり笑ってしまったのだ。
「そうだわ蛍さん。これを」
「え?」
「母がこれくらいなら分け与えられると言っていたので…」
「こ、これは…っ」
ふと思い出し、続けて懐を探る八重美が取り出したのは小さな小瓶。
中に数滴程入っているのはルビーのように赤い雫。
「母の血です。偶々まち針で指を刺してしまった時に零れたもので」
「神!」
両手で掲げるように受け取った蛍が、片膝を着いて天を仰ぐ。
そこまで崇める程のものか、と思ってしまうが、鬼にとっては唯一の食糧。強ち間違っていないのかもしれない。
「ああ静子さん本当に神対応…ありがたい…」
「それ、兄上に知られたら…」
「千くん何か欲しいものある? おねーさんがなんでも買ってあげよう」
「買収ですか?」
「はい黙ってて下さい」
「そんなにはっきり言わなくたって、黙ってますよ。それくらい」
素直な蛍の頷きに、くすりと千寿郎の口元が笑う。
「でもそれだけで足りるんですか? 血」
「静子さんの血なら、これくらいで十分だよ。一回の飢餓を抑える効力はある」
「へえ…」
「そんなに…」
思わず興味深く、千寿郎と八重美が並んで蛍と小瓶を交互に見る。
「それにそこまで効果がなくったって、いざという時に補充できる血は重宝するから。大切に取っておきます」
「ふふ、」
「八重美さん?」
「すみません。蛍さん、なんだか母に似ているなって」
「…静子さんに?」
僅か数滴の血。それを大切そうに懐に仕舞いながら、蛍は意外な言葉に目を丸くした。