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いろはに鬼と ちりぬるを【鬼滅の刃】

第28章 あたら夜《壱》



 女達を攫い、人身売買をしていただけではない。
 過去働いていた身売り屋で、遊女を二人殺した犯罪歴もある。
 産屋敷耀哉に頼み込み、その詳細を集められるだけ集めた証拠と共に突き出したのだ。
 無罪放免でいられることなどないことは、最初からわかっていた。


「与助の刑罰は──」

「いい」


 その詳細を語ろうとした杏寿郎を止めたのは、凛と響くような蛍の声だった。


「知らなくて、いい」

「…しかし」

「私はもう、あの男の人生には関わらないって決めたの。あの男にも関わって欲しくない。だから知りたくない」

「…それでいいのか…?」

「うん」


 無知であることは恐怖や不安の種にもなる。
 だからこそ伝えておくべきだと思った。

 杏寿郎のその気遣いを、蛍も十分わかっていた。
 わかっていて、必要ないと頸を横に振る。


「与助がこの世界の何処にどういう形で生きていても、私は関わらないから。知らなくていい。知ってしまったら…気になってしまうかもしれない。私の中の与助への憎しみは、消えた訳じゃないから」


 寧ろ一生消えないものだ。
 消えずとも抱えて生きていこうと決めたものだ。
 だからこそ余計な情報は入れたくない。


「それにもし仮に生き永らえていても、私は鬼。与助より長生きする自信あるから。どんな結果でも、いずれ与助は私にとって過去の人間になる。それが遅いか早いかだけ」


 うんと頷き、顔を上げる。
 そこで初めて、蛍は笑顔を見せた。


「でしょ?」


 先程見せたような、柔い笑顔ではない。
 多少強張りのある、それでも強い笑顔だ。
 前を向いて、前だけを見て進もうとしている。


「…そうだな」


 杏寿郎の腕が再び蛍の背に回る。
 先程の囲うだけのような柔い抱擁ではない。
 強く引き寄せ、隙間もない程に抱きしめた。


「杏寿郎…?」

「蛍がそう望むなら、俺も今後二度と与助の名は出さないと誓おう」

「…うん」


 そろりと上がる蛍の両手が、杏寿郎の背に回る。
 胸に顔を埋めて、くぐもる声で頷いた。

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