第28章 あたら夜《壱》
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髪の毛を手早く一つにまとめて捩じり巻く。
邪魔にならないように丸めて団子にした根本に、慣れた手つきで深く黒漆の簪を差し込む。
珊瑚色の玉に、きらりと光る宝石のような石。
固定してあった石は飾り結びにされた紐で、装飾のように玉から下げられていた。
見た目はそれぞれ異なりバラつきがあるが、一つの飾り簪に見えなくもない。
「ん。よし」
鏡の前で頸を捻り、簪の位置を改めて確認する。
ふやりと頬が緩んでしまうのは仕方がない。
何故なら──
「姉上」
呼ばれた声に振り返る。
見れば、襖を少し開けて覗き込む少年の姿があった。
「入ってもいいですか?」
「うん。此処なら陽が差し込まないから開けても大丈夫だよ」
まだ太陽の上がっている時間帯。
任務時以外はなるべく人と同じような生活を送ることを望んだ蛍は、千寿郎と同じに日の出と共に起きて家事分担をして働いた。
昼食も終わり、今は一段落ついた頃。
借りていた割烹着を脱ぎ、改めて髪をまとめ直していた。
「なぁに? 千くん」
「はい。お客様が」
「お客さま?…あ」
視線を廊下へと移す千寿郎に、おずおずと部屋へと踏み入れてくる人物が一人。
初めて出会った時とは違い、しっとりと落ち着いた着物姿で現れたのは可憐な容姿の女性。
「八重美さん」
伊武 八重美。
この駒澤村で蛍が親しくなれた者の一人だ。
「昨夜はお務めご苦労様でした」
「ありがとうございます。と言っても当然のことをしているだけなので、堅苦しくしなくていいですよ」
「では…こんにちは、蛍さん」
「はい。こんにちは」
深々と一礼した八重美が、明るく笑う蛍につられて表情を和らげる。
童磨との一戦を終えてから、日々村の警護に当たっていた蛍と杏寿郎。
本日はその任務が丸一日入っていない珍しい日だ。
理由はある。
「今日は一日天候も良さそうで安心しました」
「うん。私も今夜が楽しみです」
ふ、と目が合い笑い合う。
今夜が、神幸祭の最終日となるからだ。