第28章 あたら夜《壱》
「えっと…影の中なら自由に移動できるみたいだから、敵に悟られずに場所移動ができるかな。鬼みたいに体の大きさも変えられるし、力持ちだから人も運べる。見た通り空も飛べるし、テンジとの時に見せた念通?みたいなものも、対象に触れていれば私とできるみたい。後は槇寿郎さん達の過去に触れたみたいに、人の記憶を覗いたりとか…」
指折りながら、思い出すように告げていく。
朔ノ夜のその能力のどれもが、一つで鬼一匹が有している血鬼術の能力に匹敵するものだ。
「君は…すごいな」
「私じゃなく、朔がね」
思わずまじまじと感嘆の目で呟く杏寿郎に、蛍は肩を竦めて苦笑した。
確かに己の能力だが、朔ノ夜は自己活動している。
操るというよりも、共に行動してもらっているような感覚だ。
ただ言葉での意思疎通は要らない。
目が合うだけで不思議と同調できた。
「それに鬼に対してはどんなふうにこの力が働くのか、まだわからないことも多いし」
「童磨の氷の術には対抗できていただろう?」
「あの時は杏寿郎と不死川がいてくれたから。童磨も私じゃなく二人と戦うことを好んでたし。一対一で童磨と私がやり合ってたら、きっと力負けしてた」
「ふぅむ……しかし人を喰らわずここまでの能力を手に入れるとは。蛍の能力は未知数故に期待ができるな」
「私じゃなく、朔がね」
「朔ノ夜と、君だな」
顔を埋めたがったつむじに、ぽんと掌を乗せる。
継子を褒めるようにくしゃくしゃと撫でれば、蛍の声も笑いに変わる。
「──そうだ、蛍」
その時、不意に杏寿郎の手と声が止まった。
「ん?」
「君に伝えなければならないことがあった」
「私に?」
だから任務中に足を止めたのか。
何かと問えば、つい先程まで浮かべていた杏寿郎の穏やかな表情は消えていた。
「与助の刑罰について」
ぴたりと、乱れた髪を撫でつけていた蛍の手が止まる。
「その身を預けた警察が、答えを出したんだ」
与助はテンジという鬼を支配していたが、同じに弱い女達も搾取していた。
罰すべき者は鬼殺隊ではなく、人間の為に作られた世界の規則だ。
故に折れた骨が完治するのも待たず、杏寿郎はその身を警察へと突き出していた。