第28章 あたら夜《壱》
「成程…中々に聞き捨てならない言葉だな」
「そんなこと言われても私は童磨の所に行く気はないし、特にどうとも思わな」
「よしでは童磨の所へ行こう!」
「ってなんで」
そんな言葉に惑わされる気はない。
そう告げているというのに、何故そんな結論になるのか。
思わずツッコみ返せば、曇りのない笑顔を向けられた。
「やることなど一つだろう。あの鬼を倒しに、だ!」
清々しい風が吹きそうな程に、天高く響く闊達な声。
まあるい月を背景に笑う、太陽のような男の姿に蛍はぱちりと目を瞬いた。
「──ふ、」
それから口角を上げる杏寿郎につられるように、緩んだ口元から笑みが漏れる。
「うん。そうだった。倒しに行かないとね」
「うむ! 鬼舞辻無惨を倒すのであれば、弐の鬼となる童磨とは必ず対峙するはずだ。いずれは必ず辿る道。強ちあの男の言うことも間違ってはいまい!」
「ふふっ…そうだね。そうだった」
うんうんと何度も頷く様は、まるで自分に言うかのように。ふくりと口元を綻ばせる蛍に、杏寿郎も安堵の瞳で見つめる。
と、その手は簡単に行き届いた頭に優しく触れた。
「まだ不安はあるか?」
「ううん。何もない」
傍にいる。心がここに在る。
それだけでどんなに細い道でも閉ざされることはない。
「ああ、やっぱり好きだなぁって」
「む?」
「それだけ」
「…そうか」
溢れる想いは尽きることがない。
ふくふくと笑いながら実感するように噛み締める。
蛍の想いを形あるものとして捉えた炎の双眸が、和らいだ。
「俺は気になることが一つあるんだ」
「うん?」
優しく触れていた手が、くしゃりと絹のような髪を握り撫でる。
そのまま滑り落ちる手が頬へと添えられ、見つめる杏寿郎の瞳は──…不意に、上を向いた。
「あれはサクと言うのか?」
見上げた先には、邪魔をしない為か。距離を置いて後方を泳いでいた影の金魚。
「先程、そう呼んでいたように聞こえたが」