第28章 あたら夜《壱》
「…ただ玩具扱いしてるだけなのかも」
蛍といると、自分の知らない感情が湧く。
だから傍にいて欲しいとも言っていた。
ただ興味が強く湧いて出ているだけなのかもしれない。
気紛れに生まれた思いなだけで、そこに特殊な想いはないのかもしれない。
そう思いたい。
(じゃないと──)
『君は鬼だ。いずれは俺達の下へ来るだろう』
あの言葉までも、信憑性が増してしまいそうな気がする。
「蛍」
別れ際に聞いた童磨の怪しげな声は、耳にこびり付いたまま離れない。
そこに吞まれてしまっていたのか。
呼ばれて初めて、その声の近さに杏寿郎との距離を悟った。
「うわ近っ」
「近付いたからな!」
ぬ、と顔に影を落とす。
あと半歩でも踏み出せば触れ合えそうな距離だ。
屈んで顔を寄せてくる杏寿郎に、咄嗟に反射で後退ってしまう。
「どうした?」
蛍の反応に追うことなく笑うと、杏寿郎は軽く顎を退いて頸を傾げた。
優しく促すような声は低く、しかし心地良く響く音色だ。
「ん…と。童磨に、嫌なこと言われたなぁって…思い出して」
喉を閊えるかと思った本音は、すんなりと蛍の口から滑り落ちた。
「ふむ。嫌なこととは?」
「…"君は鬼だから、いずれ俺達の所へ来るだろう"って」
ぽりぽりと指先で頬を掻きながら、蛍は脱力気味に本音を告げた。
構える程のことでもない。
嫌なことは言われたが、わざわざそれを隠して杏寿郎との間に不穏な空気を持ち込む気もない。
他の誰にも見せたことのない本音を、散々に吐露し合ってきたのだ。
些細な棘の一つや二つで、結ばれたこの想いが揺らがないことも知っている。
杏寿郎を前にすると、その声に促されると、余計な力は抜けて素直な自分でいられた。