第28章 あたら夜《壱》
慈しむように生まれた想いは、蛍と幾度も結び直し築き上げた絆の賜物でもある。
しかしそのことに杏寿郎自身は気付いていない。
「このまま継子の君と話すのも楽しいが、生憎此処には二人しかいない。蛍の顔を見せてくれないか?」
ゆるりと頸を軽く傾け問えば、テンポよく開いていた蛍の口が閉じる。
きょろりと辺りを見渡して。
上を向いた目線が下を向いて。
それから、交わる。
「…御意」
硬さが残るのは、照れ隠しが混じる為。
それを知っていたからこそ、杏寿郎は堪らず破顔した。
なんとも我が継子の愛らしいことか。
ゆっくりと踏み出せば、習うように歩き出す。
そうして二人肩を並べて、道なき道を歩み出した。
「──でも本当に、不思議なくらいに鬼はやって来ないね」
「…不思議でもないのかもしれないな」
「そうなの?」
「童磨自身が探知探索は不得意だと言ったのだろう? あの男に心が在るかは不明だが、口から出るものは概ね本音だったように感じる」
「じゃあ私達を見つけきれてないってこと?」
「うむ。蛍の足首に監視として結び付けられていた飾り紐には、童磨の目が移植されていた。体の一部だけでは正確な情報は手に入れられなかったのかもしれないな…そうでなければ、わざわざ分身など作るはずがない。本体を此処へ寄越した方が仕事も早いだろう」
「そこまでする価値はないって、そう思ったのかもよ?」
「俺が童磨ならそう思わないが」
「え?」
隣を歩みながら分析していた杏寿郎の目が、不意に蛍を捉える。
「名を奪われ本来の蛍でなくなろうとも、頑なに傍に置きたがっていた。あの男の蛍に対する執着は本物だ。そんな男が、軽々しく蛍を見るとは思えない」
「……」
杏寿郎の意見は確かに納得がいくものが多い。
蛍を諦めた訳ではないことは、蛍自身も勘付いていた。
あの童磨が、これっきりの存在になるとは思えない。
ただあの童磨が、本気で奪い求めに来ているのか。
その真意はわからないままだった。