第28章 あたら夜《壱》
「見ていたのなら顔を出したらよかったのに。気配まで消すなんて」
「隊士同士で楽しそうに話し込んでいたからな。柱の俺が顔を見せると、折角の空気が崩れてしまうかもしれないだろう?」
「…そんな気遣い、今までしてましたっけ?」
「はははっ蛍も中々に言うな?」
杏寿郎の気配りの良さは知っている。
しかし隊士達には何かと顔を突っ込んで面倒を見たがる性格だ。
いつもの杏寿郎なら、顔を見せて村田達を労い励ましても可笑しくはない。
なのに気配を殺してまで見守りに徹するとは。
頸を傾げる蛍に、杏寿郎は声を上げて笑うだけだった。
「それで、どんな話をしていたんだ?」
「え? 聞いてなかったんですか?」
「野暮というものだろう」
「ただの任務話ですけど…師範らしくない」
「俺は盗み聞きが趣味ではないぞ。どこぞの宇髄と違って」
「それ隠し切れてません宇髄の天元様丸見えです」
この場に音柱がいれば盛大な突っ込みを両者に入れただろう。
しかし残念ながら、派手な身形の元忍者は不在だ。
建前のない言葉で、音色良く交わす会話は心地が良い。
ついくすりと笑みを零して、杏寿郎は目を細めた。
以前なら、蛍が異性とどんな話をしているのか。気になって聴き耳を立てていたはずだ。
それをしなかったのは、垣間見た蛍や村田達の表情にある。
極々普通の、ありふれた隊士達の戯れに見えた。
何かに悩み、葛藤し、共有し、見出していく。
戯れの中で刹那に拾い上げた感情の切れ端もまた、鬼殺という死が間近にある組織で生まれる自然なものだ。
自分達だけでそれらの感情を汲み取り、解決していけるならば余計な手は出さない方がいい。
柱としての自分の影響力を知っていたからこそ踏み止まった。
そしてその中には、ありふれたように蛍の姿もあったのだ。
自然と人である彼らと言葉を交わし、触れ合い、心を共有していた。
「滅」と書かれた隊服を自ら着ようとしない彼女が、その隊服を身に纏う彼らと同等の場所に立っている。
それらを感じ取れた時、杏寿郎の中で邪な思いなど消えてしまった。