第28章 あたら夜《壱》
こぽりと、耳に響く柔い気泡のような音。
まるでシャボンを浮かすかのよう。
土佐錦魚の応えに、蛍は小さく笑った。
──ザッ
枯葉を踏む音。
本来なら荒立つ音は立てない足だ。
音を鳴らして己の居場所を知らせるそれに、はっと蛍は振り返った。
「随分と仲睦まじい姿だな」
其処に立っていたのは、燃えるような身形の男。
夜でも映える炎柱の姿だ。
「ごめんなさい、すぐ見回りに戻ります」
「いや」
慌てて頭を下げる蛍の姿勢は、炎柱の継子としてのもの。
当然の姿に頸を横に振ると、杏寿郎は明るい夜空を見上げた。
「今日は静かな夜だ。月明りも一等強い。暗闇に紛れられない鬼は嫌うだろう」
確かに鬼の気配は何処にもない。
童磨を倒してから、一度もこの駒澤村は鬼に襲われていなかった。
それでもここまで厳重な警備をしているのは、やはり上弦の弐が現れたことにある。
そして、その鬼が蛍に執着していたことも。
「師範、何周してきたんですか?」
「ざっと五周程度だな」
「五周……だと」
「五周……だな」
「真似しないで下さい」
「君から継子の顔がうっかり剥がれ落ちるのが面白くて、つい」
「剥がれ落ちもしますよ。まだ丑(うし)の刻ですけど」
「そうだな、涼しい夜だ!」
爽快なまでの笑顔を見せる師範に「いやいや」と思わずツッコみそうになって蛍は飲み込んだ。
駒澤村は、路面電車も走るそれなりに大きな村だ。
それを瞬く間に五周してみせるとは。
杏寿郎の体力こそ鬼のようではないかと、偶に真面目に思う。
「この調子なら今宵も鬼は出てくるまい。それでも監視は必要だ。ということで、どうだろう蛍。ここからは俺と歩んで見回りでも」
「師範と?」
「うむ。我々は南回りで行こう」
まるで夜の散歩を誘うが如く。
さらりと呼びかける杏寿郎に、つい頷きそうになって蛍は動きを止めた。
(我々"は"?)
ということは。
「師範…見てました? 村田さん達のこと」
「はっはっは!」
「うわあわかりやすい」
出歯亀でもしていたのだろうか。
なんともわかり易いその姿は、わざとだろうかと思えてしまう。