第28章 あたら夜《壱》
ゆたりと扇の尾を揺らし近付いてくる。
闇の中から現れれば、何処にその巨体を隠せていたのかと目を見張る大きさだ。
「気付いたらいなかったから…もしかして気遣ってくれた?」
しかし蛍は臆することなく、目の前の土佐錦魚に歩み寄った。
村田には自分が消したと咄嗟に返したが、土佐錦魚が消えたのは蛍の意図ではない。
この影の金魚は、自分の意思で行動している。
村田と、更にその隣にいたのは蛍も面識のない一隊士。
怖がらせまいとでも思ったのだろうか。
感情の見えない顔をしているというのに、伝わる土佐錦魚の細やかな気遣いに蛍はやんわりと頬を緩めた。
「ありがとう」
常に閉じている口が、微かに開く。
こぽりと、空気を舞い上げるような音を立てる。
返事のつもりだろうか。
すぐ目の前の、濡れて光るようにも見える一枚一枚光沢のある大きな鱗。
月の明かりに反射しては、黒い鱗が様々に光る。
そこに触れれば、ひんやりと冷たい。
しかし冷たくも生魚のようなぬるついた感触はない。
滑らかで心地いい感触だ。
童磨との一件から、土佐錦魚は呼べば応えてくれるようになった。
蛍が実際に口にせずとも、意思で繋がっているかのように望めば現れてくれる。
村田に告げた通り、この土佐錦魚が持つ能力は未だに未知数だ。
それでも蛍が今まで作り上げていた影鬼は全て土佐錦魚の一角に過ぎなかったのだと思い知った。
強さも、密度も、不可解さも、異形さも、そして美しさも。どれもが今までの影鬼とは違う。
そっと両手で添えるようにして、土佐錦魚の頬。と呼べるかはわからないが口元の下に触れる。
軽く頭を下げて、瞳を閉じて。
こうして静かに共に在るだけで、触れているだけで、不思議と落ち着けた。
(なんでだろう)
理由はわからない。
ただ、共に在るべきものだと心が悟っているかのようだ。
過去、金魚に特別好意があった訳ではない。
寧ろ金魚は遊女と同じだと、自嘲して見ていた生き物だ。
なのに今ここでそんな感情は湧かない。
それは過去の自分も丸ごとひっくるめて、認められた結果なのだろうか。
「ねえ、──朔」